人気ブログランキング | 話題のタグを見る

旅しない旅

この二日間は風邪で寝込んでいたため書くことを断念せざる得なかった。
それではっきりしたのは私は血ヘドを吐いてでも書くタイプの人間ではない
とうことだ。駅のベンチはもちろんのこと寝袋やテントよりも割高な、熱いシャ
ワーと清潔なトイレが備わったホテルがあってこそ初めて旅が楽しめるという
タイプの人間だ。

だからといって観光地を巡る団体ツアーなどはもっとも敬遠したいものの一つ
であることも事実である。私は砂漠のど真ん中に車を停め、のボンネットの上
で戯れることも、メキシコの薄汚いモーテルの、タイルの剥がれたバスルーム
で乱れることにも憧れを抱く男である。つまり、うちに秘めた欲望を開放させられ
ぬまま、夜な夜な自宅のベッドまで届く寝台列車の汽笛に胸を焦がし、それでも
現状のうつつから這い出せないタイプの人間なのだった。

旅。しかも一生涯に渡って旅をつづけながらものを書いている人物がいる。そうし
たもの書きは旅の魅力を綴り、旅に誘うことをしながらも実のところ、けっして旅
にはでないであろう人びとへ向けて書いているのだ。もしくはこれから旅立つほん
の一握りの人びとへ向けて。私は偏屈な人間だから、こう考えないわけにはいか
ない。もしすべての人間が、つまりお役所勤めや土産物売りや旅客関係の仕事
を生業にしているような人物、それに旅の目的地そのもので暮らしている住人たち
のすべてがどこかへ旅だってしまったとしたら、果たして私たちの理想の旅は成り
立つものだろうか、と。

そこで暮らしている者たちの息吹(あるいは溜息)、街の明かりと影、酒やコーヒー
の味、地元紙の論調、樹の匂い、潮の匂い、排気ガスの臭い。市場の活気、歩調、
訛り、顔立ち、気温、湿度、騒音、立ち居振る舞い、日の暮れ方や雨の降り方とい
ったものが、私たちの感じ方というものが、まったく違えてくるだろうと。だとすれば、
それがなんだというのだ・・・・・・。

よそのテーブルからキーボードを激しく打つのが聞こえてきて私を不快にさせる。
誰しもが重要な仕事にかかっているといった塩梅でキーボードを激しく打ちつづけ
ている。私もそのひとりなのか? 声をあげて泣くとしよう。
# by momiage_tea | 2010-12-18 21:48 | ゆうじ × TOMOt

どっこいしょ

病み上がりの私は本調子にほどとおく、白皮病と見まがう顔を
していたのだろう。私は階段をおり、若大将は階段をあがってくる
ところだった。二階ですれ違ったとき若大将は私にこういった。
「寝起きのドラキュラ伯爵みてえだな!」
「ドラキュラがなんだって?」
「貧血の吸血鬼、ドラキュラみてえな顔してるっていったんだよ!」
私は笑った。そして階段にべったと腰をおろした。「色々言われて
きたけどドラキュラは初めてだぜ。あんがとさんよ」
「どうってことねえよ」といって若大将は階段をあがっていった。
私はどっこいしょっと声にだして立ち上がると階段をおりた。
# by momiage_tea | 2010-12-17 11:40 | ゆうじ × TOMOt

木曜の男

木曜というのはきらいじゃない。月曜からは遠く、週末はもうすぐだ。
私はしかし週末が好きというわけではなかった。土曜も日曜もそこ
には人の群れと車の群れとがあり、忙しなさにも穏やかさのなかに
も、無意味に感情を消耗させられるものがあった。私は訓練され、今
では多くのことに煩わされなくて済むようになっていた。感情は消耗
し疲弊し、なにもなくなってただ諦めという、溜息もでない感情だけを
育んだ。木曜を愛する男は寂しい男だった。葉が落ちた木には停ま
るものもなく、ただ夜の星空だけが友だちだ。
# by momiage_tea | 2010-12-16 22:51 | ゆうじ × TOMOt

ウチダ君と柳の木

小学生のとき皮膚病で手の甲や首筋なんかがガサガサになっている
男の子がいた。痒くて掻きすぎたのだろう、たまに手の甲から血がにじ
んでいることもあった。その男の子、ウチダ君は髪をマッシュルームに
して、目は大きく、その肌の質感と風貌からはすぐさまあの映画キャラ
クターを連想させた。ぼくらが「おっETだ!」とからかうとウチダ君は首
を亀みたいにひょっこりのばしてその親しき宇宙生物のモノマネを演じ
てみせてくれるのだった。

彼は心優しき男だった。皆から愛されていた。皮膚病のことをネタにか
らかわれると本気で怒ることもあったが、たいていは受け流して自分の
キャラクターと役割を演じてみせた。ETのウチダ君はいつも茶色のチェ
ック柄のシャツを着ていて、サンドベージュのコーデュロイのズボンも
よくはいていた。その色調からは若々しさが感じられず、将棋の天才で
もあった彼は、仲間たちから「ベテラン」の称号を得ていた。

事実、ジャイアンツの野球帽をかぶったウチダ君は草野球のビッグチャ
ンスでいくつもの仕事をそつなくこなす実力者だった。ホームランは打た
なかった。ランナーを進塁させること、追加点を奪うことを第一に考えて、
すかさずバントをこなす彼のやり方は、広島東洋カープの鉄人・衣笠選
手みたいにいぶし銀の魅力があった。三角公園で野球をするとき、彼が
いないとなにかが欠けた感じがしたものだった。

彼がヨレヨレに使い古されたファーストミットを差し出し、ピッチャーからの
牽制球にそなえる様を、ぼくらは笑顔で野次るのが好きだった。ウチダ君
が慌てる姿をみたくて、ベンチにいたぼくらはよく相手ピッチャーに目配せ
をしては、一塁へ牽制球を放らせたものだった。ピッチャーもよくよくわか
っており、ホームに投げるのよりもはやい剛速球やショートバンドを一塁
に送球するのだった。すると名手ウチダ君はさっと腰をひき、カラダの正面
で捕球すべく体勢を整えると、ものの見事なグラブ裁きで悪送球をファー
ストミットに収めるのだった。

まじめなウチダ君くんがピッチャーとぼくらに悪態をついてよこすのがまた
おもしろくて、ウチダ君の、それでもジャイアンツのキャップのツバに手をやり、
ぼくらの賞賛の声に応えてみせるその控えめな仕草がたまらなく懐かしい。
あの少年の日のひとこまは、三角公園の真ん中でたっぷりとした木陰をつく
っていた柳の木の思い出とともに、いまは新築マンションの下で眠っている。
# by momiage_tea | 2010-12-15 23:11 | ゆうじ × TOMOt

『怒りの葡萄』という名の希望

オクラホマの農場一家は土地を奪われ、カリフォルニアを目指す。
行く先々で辛酸を舐め、身を持ち崩していく。ようやくたどり着いた
カリフォルニアの葡萄園でも過酷な労働と搾取がつづくばかりだ。

一家をまとめる青年はそもそも自己防衛とはいえ、殺人を犯して仮釈
放中の身。その上さらに殺しをはたらき逃亡を決意する。残された母親
は最後の気力を振り絞り、それでもこの人生を生きつづけなければなら
ないのだと誓うのだが、あえてそれを口にしなければ、きっと何ら奪われ
るものさえない粗末な暮らしぶりも一瞬にして吹き飛んでしまうのだろう。

古典映画『怒りの葡萄』は、そんな危うい、庶民のかすかな希望を踏み
にじりつづける地主や警察の理不尽な権力を暴いて、同時にそれに抗う
小市民の正義は、法の名のもとに無力でしかないことをあからさまに描い
た名作だ。とはいえ、この優れた作品は私の心に重荷をだけを植えつけ、
ありがちな、もう一度観たいと願う気持ちを根こそぎもぎ取るのだった。

私はこの自身のちんけな人生の断片を小説にまとめあげたばかりだった。
繰り返したくもない戯れ言のような物語は、肝心要の最初の読み手である
私に、『怒りの葡萄』の記憶を蘇らせた。あるいはジョージ・オーウェルの
『葉蘭を窓辺に飾れ』。もしくはジョン・ファンテ『塵に聞け』。

けれども、この身に溜まった膿はだし切らなくてはならないのだ。心に空
いた穴が瘡蓋となり、やがて、私はまたあらたな物語を書き綴るだけだ。
地上げ屋も警官も農場主も、その人から希望を奪うことだけはできない。
# by momiage_tea | 2010-12-14 23:02 | ゆうじ × TOMOt


モノ書き石垣ゆうじとモノ描きTOMOt「もみあげ亭」二人による気まぐれ日記


by momiage_tea

リンク


■もみあげ亭アーカイブ
もみあげ亭ブログより抜粋した、選りすぐりのストーリをお届けします



■絵日記「TOMOt日和」
絵かきTOMOtの、旅とARTを感じる日々のおこぼれ日記



■木小屋日記(けごや日記)

山形県小国町在住のかご作家・炭焼き職人のブログ




ブログパーツ

カテゴリ

全体
ゆうじ × TOMOt
石垣ゆうじ
TOMOt
写真
TOMOt DesignWork

以前の記事

2012年 08月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 07月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月

タグ

(8)
(6)
(6)
(5)
(3)
(2)
(1)
(1)
(1)
(1)
(1)

その他のジャンル

ブログジャンル

画像一覧

S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31