花束
何度やり直してみたところで気の利いた言葉のひとつも浮かんでこない。
何故だ? 飼いならされた敗残者の記憶が成功することを拒んでいると
いった具合に、つぎつぎと希望の芽を摘んでゆくようだ。わたしはこれから
花束を受け取り行かなければならない。スモーキーマウンテンを辞めて
上京することになった娘へ手向けてやる花束だ。
既に彼女には圧力鍋と欲しがっていたキャップが贈呈されていた。だから、
もうそれで十分なのではないかという気持がわたしには芽生えていた。しか
しそうした冷徹な思いは摘まれるどころかあちらこちらに増殖してゆくもの
なのである。いや、わたしにはむしろ旅立つ娘へ花束を贈るといった演出や
やさしい気持ちの持ちあわせが人一倍あるといっても過言ではなかった。
けれども、娘へ贈った圧力鍋や軍隊仕様のキャップ、ミッキーマウスとミニ
ーマウスがにたついている絵柄のトートバッグ、それに寄せ書き用の色紙と
そのすべての代金をわたしは立替え、その金はさながら焦げ付いた債権の
ように回収が進んではいなかったのである。娘の壮行会で使った飲み代も
わたしに追い打ちをかけていた。いやはやわたしはなんとちっぽけな人間な
のだろう! 金のことでグタグタいっている。
わたしは断じて花束の代金を立て替えるのが嫌なわけではない。もしかした
らわたしが花束をもって店に入るとタイミング悪く当のご本人に出くわすかも
しれない。そのことで感動の効果は失われ、わたしは店の女どもにこっぴどく
非難されることになるのだ。ご婦人方は、発案しても責任までは取りたがらな
いものだ。たとえ娘に出会うことなく四階の休憩室まで花束を持ち運んだとし
ても、そこには水を汲んだバケツのひとつや回収した代金をまとめたジプロッ
クの袋が待ち受けていることもないのであった。
おまけに未払いの常習犯たちは増税された腹いせに花束を贈るという企画自
体に反発することだろう。眼に見えたことだ! わたしは人のために気を遣い、
時間を使い、金をつかって心証を悪くしている。なんのためにだ? こういうこと
が一、二の三と度重なってくるとわたしの心は鎖国と武装を開始する。数日前
にもこんなことがあった……。
(文=いしがきゆうじ)
by momiage_tea
| 2009-07-03 23:52
| ゆうじ × TOMOt