『メトロ④を降りれば・・・』③ (毎週日曜日更新)
【マダムと褐色の男】
キャフェタバにはその街しか知らない、でもその街のことならなんでも
知っているマダムがいる。見慣れない人種に一瞥を食らわすと、マダム
はタバコを吹かして彼女なりの歓迎をあらわした。
ぼくはひと箱いくらの小さな芸術鑑賞をたのしむ。パッケージをいちいち
凝視し、十分に吟味したのち、甘美でやたらとキツそうなのを選ぶのだ。
愛煙家へのみやげ物を、マダムは怪訝な表情で茶袋へと放り込む。
パリは憂鬱な街だ。いつでもどこでもパリにいることはわかるのに、パリ
のどこにいるのかはわからないのだ。そのとき、ポルトガル人街にいた。
ぼくは定食屋から香る、陽気さにも似た魚介スープの匂いによろめく。
定食屋は花盛りだ。人生のあるところ、それは涙でなく笑顔のあるところ。
あとはきまってワインがあるだけ。昼からやるのが彼らの流儀だ。そんな
光景をぼくはコインランドリーの待合椅子にもたれて眺めているのだった。
手はずの違うランドリー。うろたえるぼくを見かね、ランニング姿の褐色の
男が手をやいてくれた。その無骨な男に差し出したぼくの貧しい硬貨を彼
は受け取らなかった。代わりに彼が受け取ったのはぼくの掌なのであった。
■
(石垣ゆうじ)
キャフェタバにはその街しか知らない、でもその街のことならなんでも
知っているマダムがいる。見慣れない人種に一瞥を食らわすと、マダム
はタバコを吹かして彼女なりの歓迎をあらわした。
ぼくはひと箱いくらの小さな芸術鑑賞をたのしむ。パッケージをいちいち
凝視し、十分に吟味したのち、甘美でやたらとキツそうなのを選ぶのだ。
愛煙家へのみやげ物を、マダムは怪訝な表情で茶袋へと放り込む。
パリは憂鬱な街だ。いつでもどこでもパリにいることはわかるのに、パリ
のどこにいるのかはわからないのだ。そのとき、ポルトガル人街にいた。
ぼくは定食屋から香る、陽気さにも似た魚介スープの匂いによろめく。
定食屋は花盛りだ。人生のあるところ、それは涙でなく笑顔のあるところ。
あとはきまってワインがあるだけ。昼からやるのが彼らの流儀だ。そんな
光景をぼくはコインランドリーの待合椅子にもたれて眺めているのだった。
手はずの違うランドリー。うろたえるぼくを見かね、ランニング姿の褐色の
男が手をやいてくれた。その無骨な男に差し出したぼくの貧しい硬貨を彼
は受け取らなかった。代わりに彼が受け取ったのはぼくの掌なのであった。
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(石垣ゆうじ)
by momiage_tea
| 2007-02-25 23:18