朝の戯れ
人生に退屈するとまるで書く気が失せてしまう。私の筆がやたらと遅く、さっぱり進歩と成果
をみせないのもきっとそのせいなのだ。ひと昔前は仕事あがりによく飲み歩いたものだ。ひ
とりで。そこではいつでもしたたか酔って、人生を味わい尽くしたかのようなつもりになって、
夜風をあびながら鼻歌のひとつも歌ったものだった。すっかり脱力して星屑などながめやり、
お月さんにウィンクさえしたものだ。それがいまでは朝の犬の散歩のために早々と寝る準備
をすすめる若年寄りに成り下がっている。だが、私はそれを気に入っているのだ。ルーティン
こそ我が人生だ。
私は長年忌み嫌ってきた太陽にむかって手を振る犬じいさんであり、あつい雲の帯から生
まれてきたばかりの、あの何ともいえぬ桃色のおひさまにかぶりつく、腹を空かせた収穫人
なのだ。人のいない景色のうつくしさを知ってしまったからといって私が朝のカフェを忘れる
わけはない。コーヒーを求めて街へ下りれば行きつけのカフェはいつでも私のためのテー
ブルを空けておいてくれる。忘却の彼方へいざなうのは一杯のコーヒーとそれから言葉だ。
たとえば、ジャック・プレヴェールのこんな言葉――。
“きみが《写真を撮る》って動詞を活用するときは、いつだってレンズの半過去形でなんだ。”
もしくはひどく現実的でありながらそこへ立ち向かわせる勇気に出くわすことも・・・・・・。
“「諸君」とおれは切り出す。「女とうまくやる方法はない。まったく一つも術がない」全員が
うなずいた。音声係もうなずき、カメラマンもうなずき、プロデューサーもうなずいた。乗客
のなかにもうなずくやつもいた。おれは飛行機に乗っている間じゅう、酒をガバガバ呑ん
だ。哀しみを楽しく味わうためにっていうやつだ。痛みがない詩人になにができるというん
だ。タイプライター同様、心の痛みが詩人には必要なんだ。”(チャールズ・ブコウスキー)
たまには、本だけでなく自分の手帳を読み返してみるときもある。そこにはこう書かれていた。
“どんなに背筋を伸ばしたきれいな女でも、キーを叩く音が不細工な女は好きになれない。”
ヒロコのタイプ音は耳に心地よかった。それが私の相棒である電子メモ帳から奏でられた
音色であったがために、そのスムースでなめらかな調子に嫉妬したほどに、だ。まあ、そん
なところである。ここ最近は午前中に書くことが多い。私は夜も書かなければならないのだ。
朝な夕なに励むなり・・・・・・。退屈な一日がまた幕を明けた。くだらない電話や他人の尻拭
いに追われながらも、私はきょうという日をまた持て余すことだろう。
■
(文=石垣ゆうじ)
をみせないのもきっとそのせいなのだ。ひと昔前は仕事あがりによく飲み歩いたものだ。ひ
とりで。そこではいつでもしたたか酔って、人生を味わい尽くしたかのようなつもりになって、
夜風をあびながら鼻歌のひとつも歌ったものだった。すっかり脱力して星屑などながめやり、
お月さんにウィンクさえしたものだ。それがいまでは朝の犬の散歩のために早々と寝る準備
をすすめる若年寄りに成り下がっている。だが、私はそれを気に入っているのだ。ルーティン
こそ我が人生だ。
私は長年忌み嫌ってきた太陽にむかって手を振る犬じいさんであり、あつい雲の帯から生
まれてきたばかりの、あの何ともいえぬ桃色のおひさまにかぶりつく、腹を空かせた収穫人
なのだ。人のいない景色のうつくしさを知ってしまったからといって私が朝のカフェを忘れる
わけはない。コーヒーを求めて街へ下りれば行きつけのカフェはいつでも私のためのテー
ブルを空けておいてくれる。忘却の彼方へいざなうのは一杯のコーヒーとそれから言葉だ。
たとえば、ジャック・プレヴェールのこんな言葉――。
“きみが《写真を撮る》って動詞を活用するときは、いつだってレンズの半過去形でなんだ。”
もしくはひどく現実的でありながらそこへ立ち向かわせる勇気に出くわすことも・・・・・・。
“「諸君」とおれは切り出す。「女とうまくやる方法はない。まったく一つも術がない」全員が
うなずいた。音声係もうなずき、カメラマンもうなずき、プロデューサーもうなずいた。乗客
のなかにもうなずくやつもいた。おれは飛行機に乗っている間じゅう、酒をガバガバ呑ん
だ。哀しみを楽しく味わうためにっていうやつだ。痛みがない詩人になにができるというん
だ。タイプライター同様、心の痛みが詩人には必要なんだ。”(チャールズ・ブコウスキー)
たまには、本だけでなく自分の手帳を読み返してみるときもある。そこにはこう書かれていた。
“どんなに背筋を伸ばしたきれいな女でも、キーを叩く音が不細工な女は好きになれない。”
ヒロコのタイプ音は耳に心地よかった。それが私の相棒である電子メモ帳から奏でられた
音色であったがために、そのスムースでなめらかな調子に嫉妬したほどに、だ。まあ、そん
なところである。ここ最近は午前中に書くことが多い。私は夜も書かなければならないのだ。
朝な夕なに励むなり・・・・・・。退屈な一日がまた幕を明けた。くだらない電話や他人の尻拭
いに追われながらも、私はきょうという日をまた持て余すことだろう。
■
(文=石垣ゆうじ)
by momiage_tea
| 2011-02-02 22:02
| ゆうじ × TOMOt