ベル
“国の運命ってやつをじぶんたちだけで決められるのなら、問題はない。
だが、ポーランドは小国だ。他国による侵略と支配がなんども繰りかえ
された。そうした支配への抵抗が、ポーランドの歴史をつくったとおもう。”
(ポーランドの機械工、ヴィトルド・ワイダ)
ベルという犬はそういう犬だ。片目が不自由で、散歩にでるとびくついて、そばをオートバイ
が走れば尻尾を丸めて後ずさる。なにもなく、誰もいない裏道や広場でも神経質なほどに
こちらの顔色をのぞき込んでからでないと、けっして先を急がない。私はベルの声をまだ一
度も聞いたことがない。声帯を、いやこころを失くしてしまったのだろうか。鎖をつけたまま
歩いているところを捕獲されたベルの右目は、一時摘出も検討されるほど腐っていたという。
前の飼い主に虐待を受けて、身の危険を感じて、死にものぐるいで逃げてきたのだろうか。
まあそんなこと、といって忘れてしまえればいいのだろうが、ベルのこれまでの歴史は、他
国ではなく、独裁的な自国の国家元首の手による、侵略と支配によって築かれてきたもの
なのだ。だからそう簡単に記憶の悲劇が薄らぐことはないのだと思う。それでも、健気に甘
えてくる優しいベルの目に、すんだ輝きが灯りつづけていることにちがいはないのだ。
■
(文=石垣ゆうじ)
だが、ポーランドは小国だ。他国による侵略と支配がなんども繰りかえ
された。そうした支配への抵抗が、ポーランドの歴史をつくったとおもう。”
(ポーランドの機械工、ヴィトルド・ワイダ)
ベルという犬はそういう犬だ。片目が不自由で、散歩にでるとびくついて、そばをオートバイ
が走れば尻尾を丸めて後ずさる。なにもなく、誰もいない裏道や広場でも神経質なほどに
こちらの顔色をのぞき込んでからでないと、けっして先を急がない。私はベルの声をまだ一
度も聞いたことがない。声帯を、いやこころを失くしてしまったのだろうか。鎖をつけたまま
歩いているところを捕獲されたベルの右目は、一時摘出も検討されるほど腐っていたという。
前の飼い主に虐待を受けて、身の危険を感じて、死にものぐるいで逃げてきたのだろうか。
まあそんなこと、といって忘れてしまえればいいのだろうが、ベルのこれまでの歴史は、他
国ではなく、独裁的な自国の国家元首の手による、侵略と支配によって築かれてきたもの
なのだ。だからそう簡単に記憶の悲劇が薄らぐことはないのだと思う。それでも、健気に甘
えてくる優しいベルの目に、すんだ輝きが灯りつづけていることにちがいはないのだ。
■
(文=石垣ゆうじ)
by momiage_tea
| 2011-01-28 21:02
| ゆうじ × TOMOt