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PRAY FOR OUR FRIENDS!! WE NEVER GIVE UP!!

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震災で命をおとした多くの魂へ

今この瞬間も被災地で恐怖の夜を過ごしているひとたちへ

寝る時間も惜しんで救助や支援活動をおこなっているひとたちへ

余震や停電の不安のなか、じぶんたちの出来ることをさがすひとたちへ

世界の至るところから祈りをおくってくれているひとたちへ

すべてのかけがえない友人たちへ




PRAY FOR OUR FRIENDS!!

WE NEVER GIVE UP!!



もの描き TOMOt



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東北人が辛抱強いというのは、うそです。
辛抱することに慣れすぎているだけなのです。
だけど、思ってるよりも、東北人は強いから。
だいじょうぶ、と強がらせて下さい。
そして東北人は強くて、優しいから、
助けて下さい、と素直にいいます。

私たちはここに住みつづけます。
この土地には私たちのすべてがあり、
照れ隠しのその裏に、深い愛情をいだいています。
私たちの決断は、政府やどこぞのお偉方よりも
はるかに迅速です。やるかやらないか、
ただ、それだけなのですから。

茨城も、新潟や長野も、静岡のことも心配です。
放射能が届いた関東の人たちのことも、気がかりでなりません。
そんな気がかりな人たちが、私たちのことを気遣い、
励まし、勇気づけ、温めてくれていることに、
私たちは心の底から感謝しています。
その気持ちと行動が、ただただ、うれしい。

どん底にいるとき、人は神のいちばんそばにいる、
というのはほんとうだ。ただし、神はもう信じていないけれど。
私が信じているのは、父、母、洋子、ベル、そしてあなただ。
それにこの土地と、自分のこともまだ信じている。
失くしたものは多い。そこへ戻ってもあのときみた光景はもうないのだから。
町並みが、郷土の味が、海や山の匂い、それに人びとの笑顔が。

取り戻したものもある。それはたくさん失くしてしまってもまだ、
人びとのなかに残った大切ななにかだ。あるいは芽生えたなにかだ。
それでも、なかには、与えようとせず、奪おうとするものがいる。
「チクショウ」と瓦礫に向かって叫んだ海のおやじの無念が、
そういう人たちには決してみえないのだ。みようとしないからだ。
私たちはいま、目を反らさずにみなければならないのではないか。
暮らしを、気持ちを、不自由さを、言葉を、希望を、明日を、
そして諦めないこころを。

(3/16/2011)
文=石垣ゆうじ
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by momiage_tea | 2011-03-16 10:29 | ゆうじ × TOMOt

時間がない

“今日、お前、この1日、努力したか? ハイ、それなりに。それじゃだめだよ。
 もう、お前には時間がないんだから。わかっているのか? もっと死にもの
 狂いで努力するんだ。やれ! やるんだ。” 
                   (――ターザン山本【煩悩菩薩日記】3月1日付)


・・・・・・という訳で、執筆に専念するのため、当欄への投稿はしばらくお休みさせていただきます。

もみあげ亭/石垣ゆうじ
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by momiage_tea | 2011-03-02 21:49 | 石垣ゆうじ

美しき世界

小さなことをいってもはじまらない。もうウジウジするのはやめにしよう。旅の身支度をととのえておく
ことだ。日本の経済は上向くことがないだろう。生活の水準を落とす、あるいは切り詰めるというのと、
生活をシンプルかつ洗練されたものにすることはちがうのだ。早起きして新鮮な空気を吸う。元気な
相棒と走る。小径に落葉色の陽が浮かぶ。木に挨拶をする。人のいない風景をもつ朝の時間をじぶ
んに守ること。それで一日の充填は賄われるのだ。朝の散歩をしながらつくづく思うのは、私が生き、
知っている世界は実にせまい範囲に限られているということだ。そしてその限られた界隈においても
いまだ足を踏み入れたことのない視界が残されており、そこはいつでも私の秘密の場所となりえるの
だった。どこをどう切り取ってみてもうつくしい。ふるい木があり、あたらしい木があり、枯れ葉をぬって
新芽が顔をのぞかせるひらけた公園がある。並木道、小径、煉瓦づくりの記念館や大学棟の厳かな
佇まい。斬新で開放的なカフェは大学にだけあるのがもったいない。塗れたアスファルトに信号の点
滅がにじみ、裸木の梢(こずえ)には守り柿のように一羽の雀が停まっている。

そう、きのうは鷲をみた。彼もまた柳の木に停まり、首をかしいで私と相棒のベルが通り過ぎてゆく
のを偵察していたものだった。私はその鷲とつながりたいと思った。最後の種族の生き残りとして、
彼の孤高を共有したいと願ったのだ。彼は私たちの存在を気にとめながら同時に気づかぬ素振りも
みせていた。そういうことだな、と私は思う。“※――つまり、「ひとりでほっておいてもらう権利」こそ
ウィリアム・ダグラスという学者によれば「いろいろな権利」のうちでもっとも包括的なものであり。文
明化した人間にとっては最高の価値をもつ権利なのだ(ウィリアム・O・ダグラス著『基本的人権』)”
――“文明化した人間にとって”というのが笑わせてくれるが、鷲のその存在自体がもはや卓越した
文明の証なのである。“ドブネズミみたいに美しくなりたい”と願った歌い手の気持ちがよくわかる。
されど本来の美しさは下水道の配管にあるのではない。ふと森から飛んできた鷲はそこから私たち
の文明をどのように見たのだろうか。少なくとも、柳の木からの眺めはまだ美しかったかも知れない。

(文=石垣ゆうじ)

※引用は、チャールズ・ブコウスキー著『3ダース・ホット・ウォーター・ミュージック』
 山西治男訳によるあとがきより抜粋。
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by momiage_tea | 2011-03-01 23:59 | ゆうじ × TOMOt

そのとき

JFKの暗殺と犯人とされるオズワルドの逮捕。
そしてまた暗殺(オズワルドの死)。二つの死が、
衝撃と悲痛。戸惑いと混乱。怒りと憶測を呼ぶ。
当時ダラスのニュース映像をもとにした、優れた
ドキュメンタリー番組を観て、合衆国の悲しみより
も深い、ジャクリーン未亡人の愛の喪失を知る。
ドキュメンタリーのなかのニュースはこう伝えた。
「ダラスにはいま、つよい風が吹いています」と。

(文=石垣ゆうじ)
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by momiage_tea | 2011-03-01 00:09 | ゆうじ × TOMOt


モノ書き石垣ゆうじとモノ描きTOMOt「もみあげ亭」二人による気まぐれ日記


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