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一日の終わりの直線で

三寒四温っていい言葉だな。
冬と春が一進一退を繰り返し、
せめぎあい、それでもやっぱり
春は近づいてくるのである。
才能のある者が努力をしたら、
そこに春はやってくるのだろうか。
これは賭けだ。自惚者の運命を
じぶんの手綱と鞭で制する為の、
これは切羽詰まった賭けなのだ。
君は最後の第四コーナーを回り、
最後の直線でじぶんを捕らえる。
遠慮はいらぬ。ちぎってしまえ。
かつてのよわい君を出し抜いて、
したたかにゴール板を突き抜けろ。

(文=石垣ゆうじ)
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by momiage_tea | 2011-02-27 23:03 | ゆうじ × TOMOt

のろけ

パスタ屋のおばちゃんも、カレー屋のお兄ちゃんも、中華屋のご夫妻も、みんなみんな
ヒロコの笑顔のファンなのだ。だけど彼女の笑顔がいちばん好きなのはこのぼくである。
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by momiage_tea | 2011-02-26 23:58 | ゆうじ × TOMOt

映画『幸せの始まりは』について

ソフトボール全米代表チームの主力だったリサ(リース・ウィザースプーン)は、三十路をこえた
ところで苦境に立たされる。監督が替わりチームをお払い箱になったばかりか、恋人のメジャー
リーガー、マティ(オーウェン・ウィルソン)のプレイボーイぶりに心を落ち着けることができない。
そんなとき出逢った男ジョージ(ポール・ラッド)は、少々抜けたところはあるけれどマティとは正
反対のまじめな男だった。けれども、父の貿易会社で働く彼は国税局の監査にひっかかり父の
代わりに収監の危機に立たされていた。満ち足りた暮らしのなか、遊び人のマティは心を入れ替
えリサへの忠誠を誓い、ジョージは父の身代わりになるか義理を通すかで頭を悩ませつつも、リ
サに出逢い本当の生きる道を見いだすのだった。そうしてリサは人生を捧げてきたソフトボール
界から引退を決意し、なにを拠り所にし、なにを選びとって生きてゆくのか。

とまあ、そんなことはどうでもいいのである。すべてはジョージの部下である女性秘書の出産と、
出産後の彼女と旦那のやりとりに凝縮されていた。その人生の妙味としかいえないものに、観る
者は素直にこころを委ねれればよいのである。それまでのドタバタ喜劇が、その後物語の終焉
へ向けてすっと胸に染みいる作品になるから不思議だ。・・・・・・我が子を産みあげたばかりの女
に、男はまだ正式な求婚をしていない。四〇歳で無職の男は、このまま結婚を口にしても返って
女を不安に陥れてしまうことを知っていた。そうして優しすぎるためにあれこれ思い悩んでばかり
いる彼女が、もし他の男と暮らしていたなら果たして彼女は幸せになれただろうか、と自問する。
(それは映画では描かれていない) 男の答えはノーだった。よその男には仕事も金もあるかもし
れない。しかし、彼女の繊細な優しさを、そうした男たちは奪ってしまいかねなかった。それだけ
は絶対に許してならいのだ。その男にとって幸せとは、守るべきものがまだあるということだった。

(文=石垣ゆうじ)
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by momiage_tea | 2011-02-24 21:54 | ゆうじ × TOMOt

おかしみ

「おれは十分の九は死んでいるが、拳銃を隠し持つみたいに
残りの十分の一で、こそこそ生きながらえている」(――チャールズ・ブコウスキー)


交渉ごとや会議中、あるいは面談のただ中にいるときでさえ、私のアパシー(感情鈍麻)はひょっこ
り顔を出し、私をどこかへ連れだそうとする。私は気もそぞろで目の前の議論や課題や果たすべき
役割からとたんに関心をなくしてしまうのだった。もちろんそこにいる人びとについてもおなじことで、
彼らや彼女たちのやろうとしていることや求めるもの、思考や価値観、それに語り口や存在そのもの
までがひどく無意味なものに思えてくるのだった。ひとは死んでも魂は生きながらえる。しかし、生き
ながらえながらも私の魂は死んでいるのだ。完全に死んでしまったわけではないにせよ、瀕死の重
傷であることにかわりはない。私は絶えずじぶんを捜し求めており、同時にじぶんを手放してもいる。
それは解放とはいえず、むしろ投げやりな態度をはらんでいるのだった。

ハードボイルドのゆで卵みたいに外見だけでも保証されていたのなら・・・・・・。私は冷めたホットミル
クに浮かんだ油膜のようにぞっとする青白い顔をして、口をつける気も失せるほどの冷たい気分をひ
た隠しにしているのだった。だが心配はご無用。私はそれでどうにかなってしまう人間ではない。そこ
へ至るまでには、私はじぶん自身への傾倒が足らない。それ故、じぶんを溺愛してるのでもなく、も
はや死んでしまいたくなるほどあらゆる事柄に過度な期待を抱いているわけでもなかった。私はいま、
いくらか気持ちよくこれを書きさえしている。それだけで生きていけるというものだ。砂漠に残された足
跡よりも価値があるかは別として、砂嵐でも消せない言葉をまっさらな画面に刻み込んでいる快感を、
私はこっそり中毒患者のように甘受しているのだった。恨みはない。喜びもない。あるのは私という
しけた生き物に漂うおかしみだけ。

(文=石垣ゆうじ)
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by momiage_tea | 2011-02-23 19:08 | ゆうじ × TOMOt

ブコウスキーとカーヴァー

図書館ではチャールズ・ブコウスキーの評伝を借りてくるはずだった。しばらく貸出中のままの
その書棚は、その日もやはり歯抜けのままだった。それで代わりに連れて帰ってきたのがレイ
モンド・カーヴァーだ。彼の作品を読むのはそれが初めてのことで、私はこの作家の書くものが
気に入った。本屋を訪ねたときも探していたのは別のものだったのに、目にして、迷った挙句、
手に入れて帰ってきたのもレイモンド・カーヴァーの短編集だった。偶然から必然へ変貌を遂げ
るのは偶然の連続であり、その偶然には必然を予感させるだけの連続性というか同一性のよう
な共通項があるのだった。それは弱者からの視点だ。もしくは弱者への同情だ。いや、それは
同胞意識といった方が妥当だろうか。かつて自分も通り抜けてきたハリウッド映画ではけっして
取り上げられることのない埋もれた人間たちの物語を、ブコウスキーもカーヴァーも一貫して描
きつづけてきた作家だ。しかし、そうした物語は見過ごされたままでいいとは思えないし、見過
ごされるしかない取るに足らない人生の断片であったようにも思える。

彼らが書かなければ到底知りえなかったそうした物語は、たとえ脚色が過ぎたとしても創作で
はなく経験をもとにしたフィールド・レポートでなければならなかった。かつてブコウスキーは街
の酒場で浮かれ騒ぐ若者たちを目にして「爪も汚したことのないガキども」と罵りの声をあげた
ものだ。そしてまた自身の作品の登場人物には「おれは臆病者だから、作家になったんだ」とも
語らせている。この世界の嘘いつわりを瞬時に見抜いてしまう気高い審美眼をもった、けれども
人生を直視できない臆病者にかぎって危ない橋を渡りたがるのはなぜなのか。ブコウスキーも
カーヴァーもいまはふたりとも死んでしまってこの世にいない。物書きとしては(とんでもなく)大
物であったのに、あとに残されたのは名も知れぬ、どこにでもいる人びとの、そのようにしか生き
られなかったちいさな生き様だけだ。それだけに、彼らはとても臆病者などとは呼べず、誰よりも
勇気溢れる作家だったといえるだろう。

(文=石垣ゆうじ)
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by momiage_tea | 2011-02-22 23:59 | ゆうじ × TOMOt

答えのない道の半ばで

人生の転機はあのときだったのかもしれない。きみは後になってそう振り返るだろう。
そんな決断を迫られて、きみは自らの感覚を信じて答えを導きだしたのだった。だが
その答えにうろたえたのはきみ自身だった。はたしてほんとにそれでよかったのかと。
帰り路、答えの真相を明らかにしたくてふと立ち寄った街の本屋で、きみは誰からの
援護も、慰めも、励ましも、同調も、反発や叱責さえも受け取ることができなかった。
開かれなかった本のページに書かれていたはずの確かめたかった言葉は、けれど、
きみの胸の裡に克明に刻まれていたはずだった。答えに正解などない。まして間違
いも。あるのは、諦めたら終わる道程の、諦めない人の前にだけつづく道程だけだ。
■□

d0059157_1330412.jpg


(文=石垣ゆうじ 絵=TOMOt)
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by momiage_tea | 2011-02-21 23:49 | ゆうじ × TOMOt

『カーヴァー・カントリー』にすがる

くたびれて、つい投げやりになってしまいそうになったなら、
いつまでも考えてないで寝てしまおう。そして自分の言葉
を反芻するのもいいけれど、時にはタフな先輩にすがってみる
のもよいのではないかと思う。たとえば、日曜の夜と月曜の朝
の憂欝には、レイモンド・カーヴァーの「仕事」がよく効くはずだ。
もちろん、彼にとっての「仕事」とは書くことにほかならない。
そのようになることを祈って、6時間の永遠の眠りにつこうか。

------------------------------------------------

レイモンド・カーヴァー著、
村上春樹訳
『カーヴァー・カントリー』より、

「仕事」

仕事への愛情。そこには血が
歌っている。その見事な高まりが仕事へと
向かっていく。1人の男が言う、
私は働いていると。あるいは私は今日働いたと。
あるいはそれをうまく働かせようとしているんだと。
彼は1週間に7日働く。
そして朝、年若い妻に起こされると
その頭はタイプライターに乗っかっている。
仕事の前の充足。
仕事のあとのめくるめく熟知。
ヘルメットの紐を締める。
オートバイにまたがり
家のことを思う。
そして仕事のことを。そうだ、仕事。持続する
ものに向けて、その営み。

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by momiage_tea | 2011-02-20 23:59 | ゆうじ × TOMOt

黙々と、粛々と、

おびえている。私は私の人生に震えている。やり逃した悔恨の日々と、やることから目を背けた日々
の終着は、果たして時間調整の一旦停止にすぎなかったのだ。陽がのぼりまた一日がはじまるみた
いに、困難もしつこくついてまわってくるのだった。やられることにあまりにも慣れすぎて、ちょっとした
幸せにさえも落ち着かなくなってしまった。人びとはもうあるがままに楽しめなくなっている。やさしい
人は自らよわい人間に成り下がり、相変わらず誰かの尻拭いをさせられているのだ。文字通り、クソ
を垂れてもケツを拭かない奴らのために。私はますます冷淡になっている。そのおかげで迫られた
取捨を、正確かつ直感的に裁くことができるようになっていた。こと兄に関しては絶対にそうだ。そう、
むかし兄だった男のことに関しては。奴は親の貯えをすっからかんにして、私の「絶好のタイミング」
も奪っていった。そうしてカラカラに干上がった果実からさらに搾り汁を啜るつもりでいるのだ。私は
奴との縁をきった。それで気楽になったつもりでいた。しかし父と母とはそのままだから、両親の抱え
る膨大な心配ごとを思うと気が滅入らずにはいられなかった。奴はきまって朝の八時に神戸から長
距離電話をかけてきた。父はその電話をただちに切ると電話をかけなおした。電話料金までこちらも
ちだった。そのむかし私の兄貴だった男は、きっといまもプロ野球選手を夢見ているのだろう。けれど、
グローブもバッドもボールもユニフォームもスパイクにジョギングシューズ、そして専用のグラウンド
にトレーニング施設やトレーナーをつけてやったところでその夢は叶えられるはずなどなかったのだ。
バッドひとつ振らない輩になにができるのか。そのくせひとの人生を元手にインチキ賭博だけはやた
らと得意だ。政治家にも劣るこの人間がこないだまで私の兄だったのだ。おびえているといったのは
嘘で、私は逃げも隠れもせずにここにいる。ビュッ、ビュッ、ビュッ、ビュッ。そうして奴が手にしなかっ
たバッドを私は握りしめ、見えない何かをかっとばすために素振りを繰り返す。ビュッ、ビュッ、ビュッ、
ビュッ。ビュッ、ビュッ、ビュッ、ビュッ、と。

(文=石垣ゆうじ)■
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by momiage_tea | 2011-02-19 22:55 | ゆうじ × TOMOt

ワンタンメン

ラーメン屋を探して歩いているとラーメン屋から出てきたばかりのアキラとばったり出くわした。
二日町だった。私は気のきいた店がみつからなければそのままメディアテークの図書館へ流
れていくつもりだった。彼は電話中だったし、私もめずらしく歩きながら携帯をいじくっていると
ころだった。私たちは電話とメールを終えると握手をかわした。彼がイギリス風のパブを経営
していた頃は、連日そこへ呑みに通っていたものだったが、いまではその店は錦町から国分
町に移転してしまっていて、その間、私はひとり身でなくなったせいもあり、あたらしい店には
いちども足を運ばないままになっていた。それで私は幾分のうしろめたさを彼に感じていた。
「よお、ずいぶんとしばらくじゃないの」とアキラはいった。彼の瞼は朝方まで呑んでいたせいか
ぷっくりと腫れあがっていた。「たまには呑みに来てよ、支倉(ハセクラ)もおまえに会いたがって
たしさ!」支倉も彼とおなじ高校の同級生だった。長いこと芽がでなかったこのお笑い芸人は、
全国放送のお笑いコンテストに出場すると見事に敗者復活から優勝を果たしたミラクルボーイ
だ。いまでは札幌、東京、大阪、福岡と日本中を飛び回る売れっ子になっていた。
「なんだ、スモーキーマウンテンに寄ってくれたらいいのに」私はいった。「でもお忍びなら構わな
いけど、深夜番組で来たら取材拒否されるだろうけどな。うちの店はそういうところがお高いから」
「おまえはどのみち電話に出ないだろう」
「まあな」と私はいって苦い笑いを浮かべた。「だけど年末に携帯電話を変えたからな。今度は
でるよ、たぶんね。八年と十一ヶ月ぶりに機種変更をしたからさ」私はご自慢のステンレスボデ
ィを彼にみせびらかしてやった。赤ワイン色だった。彼はそれをみても表情ひとつ変えなかった。
きっと自家製のサングリアをしこたま呑み過ぎたのだ。
「ところでかみさんは元気かい? 彼女はどこに店を出したんだい?」と私はきいた。錦町でパブ
をやっていた当時は、店の半分をかみさんの古着屋とシェアして営業をしていたからだ。古着の
ほかにも彼女が見立てた雑貨やなんかを販売していたものだ。
「知らねえよ。だって別れたんだぜ」
「はっ?」
「なんだ初耳なのかい? とっくに離婚したのよ」彼は一瞬ばつの悪そうな表情を浮かべたのだ
ったが、朗報でも聞いたかのようにニヤケる私をみると、人生のベテランぶって先をつづけた。
「店を移ったのもまあ、財産わけだわな。いまは四月に吉成にだすカフェのオープンをまかされ
ちまってさ。そっちの準備の方が忙しいのよ」
「かみさんがか?」
「いや、おれだよ。それにもうかみさんじゃねえしな!」
「ああそうか。しかし毎度まいど、たいしたもんだな」
「離婚がかい?」
「離婚も、移転も、カフェもだよ」
「キンジの方が頑張ってるぜ、あいつ、いまは自宅でブラックタイガーを育ててやがるし」
「エビの養殖かよ!」
「エビの養殖だよ。なんでも柄のキレイなので値段がきまるらしくてな、いいのが育つと一匹五
万円で売れるらしいぜ」
「ほんとかよ、まったくよくやるもんだ。サイドビジネス全盛だな。うちの店の若いのも車で全国
を飛び回って、スケートボードだかなんかの営業をしてるのがいるよ。今月は金沢、福井。先月
は京都、大阪、来月は九州にいくって話だ。しかも移動中はずっと車中泊だっていいうから、と
てもおれにゃあ真似のできない仕事だけどな。まあ、どっちが本業かわからないけど、うちの店
のバイトだけじゃ食っていけないのも確かだしな」
「で、おまえはどうなんだい?」とアキラはいった。
「泣かず飛ばずよ、店もこっちの方もな」そういって私は両手を浮かせてキーボードをかちゃか
ちゃやる仕草をみせた。
「さっさと落ち着いて所帯でももったらいいじゃねえか。結婚しなよ!」
「あの店で働いてるうちは無理だな。それに離婚したてのバツイチにそんなこといわれたって、
よっしゃって気になるわけがねえだろうに――」私たちはいがみ合ってるのではなく、旧友のよ
しみから互いに肘をつつきあうようにしてやりあった。どんよりとした雨雲が去りつつある眠気ま
なこの朝に、心地よく湿気った春の空気でも嗅いだような塩梅だった。そうして口約束みえみえ
の「また連絡するよ」なんてせりふを吐いてアキラと別れたのだった。街にはなんだか妙な清々
しさがあった。私はアキラの推薦した老舗の中華屋の暖簾をくぐっていた。この店に入るのは
これが初めてのことだった。ワンタンメンを頼んだ。テーブルには円柱の容器に入った三種類
の胡椒が据えてあり、それぞれちいさなスプーンで振りかけるようになっていた。この店は間違
いないなと思った。昼どきをすぎていたので、客は私のほかにOLがひとりだけだった。その女
はラーメンを食べ終えるとすぐさま外へと出ていった。「くそっ」と私は思う。「ここは前払い制じゃ
ないか――!」すると冬でもゴルフ焼けした五〇がらみの営業マンがやってきて、カウンター脇
のレジへまっすぐに進んでいった。「ラーメン!」とやたらデカイ声を張りあげると、その男は釣り
なしの銀貨をカウンターに押しつけた。店の真ん中のテーブルにどっかと腰をおろし、ピシャッと
新聞をひろげてふんぞり返った。私はこの男を先に見送ってから店を出ようとこころに決めた。
私のワンタンメンはそれからすぐに運ばれてきた。白胡椒、黒胡椒、そしてミックスされたものを
それぞれ少量づつ振りかけて、鼻をすすりながら平らげた。なんだかこの街の奥深さをまたひと
つ知らされた気になりながら。

(文=石垣ゆうじ)
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by momiage_tea | 2011-02-18 23:03 | ゆうじ × TOMOt

義務

毎日書くというのもなかなかどうして大変なことだが、さらに大変なのは読むことだ。新聞にしろ
好きな作家の小説にしろ、自分で意識してそうしないことにはいっこうに始まらないし、先に進む
こともないのである。読むことは音楽や映画やテレビと違って、他のことをしながら耳だけ傾けた
り、無意識に画面を見つめていればそれでことが片づくというものではないから厄介だ。心を傾
けてやらないと例え本を読んでいても、実際には読んでいないことにすらなりかねない。日々の
雑事や心配ごとに追われて、読んでいるときにですらそちらへ意識を奪われてしまうことが案外
と多いのである。それでページの何行かいったあたりで、あれ、ここはきのうも読んだぞ、と我に
かえるのだ。仕事ができるひとは遊びも達者だというのは事実だろう。私のような、いつでも書く
ための時間を確保することに気をまわしているようなナマケモノの人種は、食うための仕事をとり
あえず後回しにしてしまうから、いざ読み書きの時間を自分に課したときにかぎって、残してきた
仕事が気になってしまうのだ。まあ、しかしである。おとぼけ主義もいいのではないか。気むずか
しい顔ばかりが私の素顔ではない。大事な本だって読むのより腕立て伏せの土台として重宝す
るときがあるし、私が困るだけで読まないからといって誰に迷惑がかかるわけでもあるまい。もう
ひとつ、我を忘れさせるだけの書物に出会えないという言い訳が通用するのなら、私はもはや、
心を注いで自ら書くしかないのだろうし、そうしなければならないのである。

(文=石垣ゆうじ)
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by momiage_tea | 2011-02-17 09:11 | ゆうじ × TOMOt


モノ書き石垣ゆうじとモノ描きTOMOt「もみあげ亭」二人による気まぐれ日記


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