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The Chill Of An Early Fall


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夏草にかこまれた池に小舟を浮かべて、ふたりの初老の男たちが子供の
ような笑顔を浮かべている。池の主を釣り上げたのは庭師で、そいつを網
で捕獲したのが画家だ。ふたりは幼馴染みの親友だ。

――そんな人生最良の一日に数えられるであろう映画のワンシーンを
切り取った一枚のポストカードだけが、投函されることもなくわたしの手許
に残っていた。『画家と庭師とカンパーニュ』――それがこの夏、わたした
ちの手によってどんな題名に塗り替えられるはずだったのか?

ついぞ梅雨も明けぬまま、立ちこめた雨雲にやるせなさだけがあつい層
を重ねて、もはや東北には秋の気配が忍び寄っているのであった。

(文=いしがきゆうじ)
(絵=TOMOt
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by momiage_tea | 2009-08-12 21:36 | ゆうじ × TOMOt

お土産


映画『おくりびと』の舞台となった酒田市から、『重力ピエロ』の舞台である仙台に
戻ってきてハッとした。映画の登場人物たちがあそこの角のカフェに今夜もたむろ
しているのではないかという錯覚。あの町この町で、人びとが、生きてエピソード
を紡ぎ、考え、感じ、泣いて、笑って、愛しているのだ。実話だって作り話だって構
うものか。わたしはこの街を見つめて、自分を見つめて、わたしだけの物語を書き
綴らなければならない。ただ言葉しかないという痛覚がまったくの丸腰にもかかわ
らず、気持ちを重くする。だがしかし、それしかない物書きであるならば、流した涙
のその後の、ほほ笑みこそを言葉にしなければ。そうなんだろうシャガールよ! 
そうなんだろう最上川よ! そうなんだろうNKエージェントよ! そうなんだろう我
が人生よ! ちっとは笑ったって罰は当たるまい。


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(文=いしがきゆうじ)
(絵=TOMOt
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by momiage_tea | 2009-08-11 01:25 | ゆうじ × TOMOt

よもやま話


映画『重力ピエロ』の鈴木京香を観たら、そして『おくりびと』の広末涼子を観たら、
ひとり身の男たちは相手もいないのに結婚したくてたまらなくなってしまうだろう。

鈴木京香が演じたのは、結婚にも子供にも縁がないと思い込んでいたモデル役。
ところが結婚して子供が生まれたら、もう子育てが天職のようになっている。彼女
が乳母車をおしながら赤ちゃんに歌を聞かせてやっている場面は母性愛全開だ。

広末涼子が演じたのは、ふがいない旦那をそれでも献身的に支えようとする新妻。
東京でのチェロ奏者暮らしから、山形の地方の納棺士へと身を持ち崩してゆく(?)
夫に愛想をつかした彼女が、旦那の仕事っぷりを見て惚れ直すあたりにグッとくる。

こうした男から見て理想的な女性像を、世の女性陣はどのように捉えるのか。その
辺りの感情を知りたいし、話し合ってみたいと思うのだが、そうした相手がまわりに
はいないのだ。不幸というのはつまりそういうことをいうのだろう。

ひとつの物事を体験するのは各々別であってもいい。しかし、その事をある相手に
話してひとつの出来事なり、思考なりを追体験することで、ふたりの関係に共犯性
を持たせることが重要なのだ。そのためにはレベルの高い相手でないと勤まらない。

(いま世間を賑わせている酒井法子容疑者の場合は、そうしたコミニュケーションが
あまりにも低いレベルで交わされてしまったところに破綻の要因があるのだと思う)

では、レベルの高い低いの価値判断はどこにあるのか。それは、「人をちがえるのは、
ただ一つ、何をうつくしいと感じるかだ。」と、長田弘は『言葉』という詩に記している。
であるなら、意見が食い違ってもそれが不快だということにはならないだろう。

結婚はひとりでは絶対にできない。鈴木京香と広末涼子の演技を観て、結婚という
二文字を思い描いたのは価値観の共有者の不在と、あるいはわたしの陳腐な価値
観を覆してしまうだけの圧倒的なうつくしさへの憧憬なのだった。


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(文=いしがきゆうじ)
(絵=TOMOt
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by momiage_tea | 2009-08-10 23:12 | ゆうじ × TOMOt

映画『扉をたたく人』について


その後もウォルター教授はジャンベ(アフリカン・ドラム)を叩き続けるのだろうか?
きっと四人のピアノ教師をクビにして、ピアノを売り払ったときみたいにジャンベの
演奏も止めてしまうのではないだろうか。シリアに強制送還させられた息子タレク
の後を追って、アメリカからの出国を決意したモーナは、ウォルターにとって最後
の女性になるはずひとだった。だから、再び生きることの意味を教えてくれたジャ
ンベの音色は、叩けば叩くほど悲しみを募らせてゆくばかりの相棒になってしまう。

ウォルターはけっして馬鹿な人間ではないし、悲しみを芸術に昇華させるだけの腕
を持ったミュージシャンでもないから、それを良しとはせずに、一度はこじ開けた扉
をまたそっと元に戻してしまうのではないだろうか? 『扉をたたく人』、この作品は
久方ぶりに物語のその後を考えさせられる映画だった。「仕事をしているふり、忙しい
ふり、ふりだけ」で今まで何もしてこなかったという初老の大学教授が感情を露に
したのは、不法滞在の青年が教えてくれたジャンベの演奏とそして9・11後、寛容
さを失ってしまったアメリカだった……。なにひとつとして解決しないし、変わらない。
もし変化を遂げるものがあるとするなら、やはりそれはウォルターのその後なのだ。

http://www.tobira-movie.jp/

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(文=いしがきゆうじ)
(絵=TOMOt
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by momiage_tea | 2009-08-09 22:28 | ゆうじ × TOMOt

続・パリを愛した画家たち


果たしてキスリングという画家と、そこに描かれた女性との間にはなにが
あったのだろうか? キスリング作、『婦人像』はサテン地のカーテンを思
わせる質感のグリーンをバックに、美しい婦人がそこにいるというだけの
単なる肖像画だ。けれども、白い襟元もまばゆい女性のまなざしは伏目
がちで、なにか空恐ろしい凶器をもはらんだ冷酷さが漂っているのだった。

気に入った絵であればあるほど、遠くから、そして近くから眺めてみて、
質感だの、サインの書き方だの、いわゆる文学でいう行間というやつを
読みとろうと隈なく何度も読み返してみるのだが、ついぞこの『婦人像』
には、ある一定の距離にまでしか近づけなかった。猟奇を感じたからだ。

『婦人像』というからには、キスリングは誰かの依頼を受けてその女性を
描いたのだろう。いや、それは彼が恋をした人妻だったのではないのか?
そうした史実があったのか知る術もないが、このマドモアゼルはキスリン
グとの情事の後でなにがしかひと悶着あって、ナイフのひとつも振りかざ
したことがあるのに違いない。キスリングも罪な男だし、美人なのもとき
には重罪だと言わざるを得ない。

(文=いしがきゆうじ)
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by momiage_tea | 2009-08-08 21:28 | ゆうじ × TOMOt

パリを愛した画家たち


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「パリを愛した画家たち」展(酒田市美術館~9月13日迄)でもっとも魅せられたのが
シャガールの描いた『母と子』という作品だった。赤い月に照らされ寝静まった街並み
を背景に、赤子を抱いた母親が画面中央で幸せそうに浮かんでいる……。

しかも母子の下にある小屋だけが、その街でただ一軒だけ、幸福感を独り占めするか
のようにほんのり月色に色づいているのだった。その小屋の隣にはひょっこりと、父親
だろうか小間使いだろうか、帽子を被った男の姿があって、さほど不幸せというわけで
もなく、むしろその母子から慈しみの感情さえおすそ分けしてもらっているようにも思え
るのだが、もうどうしたって頭上でたたずんでいる親子愛には叶わないのである。

まさしくそのような男の感慨が、この作品展のすべてだったといってもよい。ピカソも
藤田嗣治もローランサンも、わたしの贔屓のベルナール・ビュッフェだってそうだ。
シャガールを前にしてはどんな理屈や講釈や努力や研鑽でさえも霞んでしまい、
「あららら、なんだいこの人は?」とお手上げして笑みを漏らしてしまうのである。

(ちょうど飼い犬の糞の状態を確かめて、うむ、歳はとったがまだまだ元気だなと頷く
ようなものだ。) シャガールの摩訶不思議な健全さが大好きだ。シャガール万歳! 
そしてありがとう!

(文=いしがきゆうじ)
(絵=TOMOt
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by momiage_tea | 2009-08-07 17:49 | ゆうじ × TOMOt

ご破算


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八連休の初日だった。男は職場へ向かった。溜まっていた仕事を片付けるため
だった。仕事は夕方までかかった。無償だった。しかしまだ休暇は一週間も残っ
ているではないか。こんなときは気がかり事を残しておいてはいけないし、新潟
から長野に向けて車を走らせているときに――スージー・ボガスの“Someday
Soon”を口ずさみ、人生や女やこれから待ち受けているお愉しみについて思い
を巡らし、すっかり旅の開放感に浸りきっているようなときに――職場から電話が
かかってくるなんてことは断じて許してはいけないのだと男は思った。

で、彼は自分のロッカーや休憩室の長机の上まで整頓を整えると、意気揚々と
職場を後にしようとした。早番の同僚が声をかけてきたのはちょうどそのときだった。
一時間待ってくれれば仕事は終わる。今夜は七夕祭りの初日だし、ちょいと屋台を
冷やかしにいきましょうや。まあまあ旦那、そんなに焦って帰ることもないじゃねえか
とマチョがいった。それもそうだなと男は思った。大きい方には手をつけず、何枚か
ある千円札の範囲に留めておけば旅に支障もあるまい。

男は結局それから二時間待った。だが街が浮かれているように彼も浮かれていた
のだ。シシカバブの屋台で串焼きを仕入れて、すこし歩いてからビールを買った。
公園も通りも人でごった返していた。誰かしらないが客を呼ぶ価値のあるらしい若者
のグループがその日の締めのステージを務めているらしかった。騒音さえも祭りには
心地よく響いた。間もなくすると遅番のトンパチもやってきた。野郎が三人、テント小屋
に設けられたテーブルにつまみを広げてビールをやっている。すべて割増料金だ。

まわりは家族連れか恋人同士ばかりで居心地が悪かった。なんてこったと男は思った
が、残りの二人はそういうところに相応しい格好をしたアルバイトの娘にちょっかいを出
しはじめたところだった。娘は男たちに調子を合わせていたが、それは仕事だからだっ
た。娘はテントの灯りを消す時刻になるとすぐに引き上げていった。男は暇つぶしをして
やったのはこっちの方だぞと思いながらそのうしろ姿を見送った。10分程して普段着姿
の娘が三人の脇を通り過ぎていったが、それに気づいたのは一人だけで、マチョもトン
パチも赤ら顔して焦点の定まらぬ視線をそこいらに泳がせているだけであった。

最後の一杯はじゃんけんで決することになった。負けたのは金払いの悪いトンパチだっ
た。この男も祭り情緒にやられていた。千円札を二枚出し、マチョを買い出しに行かせた。
戻って来たマチョはビールの他にフランクフルトの皿も持ち帰って来た。誰がぜんぶ使っ
ていいっていったんだとトンパチは喚いたが、それがサービスだとわかるとまた相好を崩
した。そこまでにしておくべきだったのだ。

男はビニルに包まれ束ねられてしまった七夕飾りにさえ色気を感じていた。祭りの初日
は今日だが、明日からこの街を離れる者にとってはこれが祭りの後なのだった。マチョ
とトンパチを引き連れ、歓楽街へ消えていった男が次に姿を現したのは冷たい霧雨に
咽ぶ明け方のことだった。ウォトカをしたたか煽ったつけがまわり、二時間トイレの個室
を占領してしまう羽目になった。隣の店から苦情が寄せられた。飲み屋のマスターは心
配を装っていたが、その声にすげない態度が混じっているのを男は聞き逃さなかった。

二度目の会計はトイレの個室の扉の隙間からしなければならなかった。トンパチが誘っ
たデパートの女の飲み物も、マスターや新入りのバーテンが罰ゲームで飲んだ分まで
もきっちり勘定にいれてやがる。トイレの掃除婦に手渡す心づけさえ加算してやがるぜ、
と男は思った。だがそこいらに飛び散った手前のゲロと嘔吐物にまみれたハンチング
帽やサンダルを見下ろすと文句はいえなかったし、天井がぐるぐる回ってそれどころで
はないのであった。

男は這いつくばるようにして自分の居所を探した。旅行代理店の軒先の柱にもたれ掛か
るようにしてひれ伏すと、東二番町通りを眺めた。祭りが、酒が、雨が、寒さが、自分が、
トンパチやマチョが恨めしかった。すべてを吐き出して楽になりたかったが、なんど戻し
てもムカつきは収まらなかった。男は冷たい地べたに寝そべり、運搬車や清掃車が行き
交いはじめるまでそこにいた。

(文=いしがきゆうじ)
(絵=TOMOt
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by momiage_tea | 2009-08-06 15:18 | ゆうじ × TOMOt

未完成組曲第二番


心の中にはいつも晴れないもやもやが立ち込めており、そこでは太陽が顔を
覗かせることはほとんどなかった。陽光が垂れこめてきたとしてもそれはわず
かなもので、草木が青々と生い茂ったり、花が一面に咲き乱れるということは
まず望めないのであった。

それどころか心の中では冷たい風がヒューヒューと吹き荒れて年中あちこちの
家の窓を震わせていた。なので、そこに住むおおらかでやさしい心根の持ち主
たちは枯れ果てた大木にいつまでもぶら下がりつづけるセミの抜け殻みたいに
なってしまっていた。

ひとことでいって腑抜けてしまったのだ。顔は陽にあたらないせいで蒼白く、い
つも暗くじめっとした部屋の寝床でごろごろしながら同じような内容の本ばかり
を読んでいた。娯楽といえばラジオだった。けれども近頃では身の毛のよだつ
話題や喧しいだけの音楽ばかりが流れてきて、余計にあたたかな心に蓋をして
しまうようだった。

このままではいかんと住人のひとりは思った。夏は暑くてたまらんが、こうも曇り
や雨降りばかりでは心臓にカビが生えてしまいそうだ。で、その男ユージーンは
考えた。部屋を見回して辺りに掛かっているシャツやクローゼットの中の外套を
眺めてみた。ジャングルの奥地、深海、枯れ葉の下で眠る黒土……。

と、どれもこれもみんな欝蒼とて、言葉から連想される美しさなどこれっぽっちも
感じられなかった。それに、そうした衣類を身につけている自分の姿を想像すると
ひどくおぞましい気持ちにさえさせられるのだった。

「陽だ、光だ」とユージーンは胸の裡で叫んだ。ミツバチの集まるあでやかな花弁
にサラサラと輝く小川はどこだ! ピッピ、ピッピと飛びまわる鳥たちに子どもの
駆けずりまわるみどりの芝生は? シチューの香りときいろい灯りのもれる母親
の待つ丘の上の家は? 夜闇をいろどる歓楽街のネオンサインがあったとしても
いいではないか!

これでは蓮の花の咲かないただの泥沼だ。こんちくしょーめ、ってんでユージーン
はさらに足らない頭で考えた。ベッドの上でじたばたと寝返りなどを繰り返し、ラジ
オをつけて、そこから聴こえてくる騒音――おぞましいことにその騒音にしか思えな
い楽曲は世間で40万枚も売上げていた――にどやしつけるとクラシック音楽をやっ
ている局を探した。

運よくブラームスの旋律が流れてきた。ユージーンはこの絶望の日々に束の間の
ともし火が灯るのを感じた。しかしそれだけでは駄目なのだ。彼はズブ濡れた犬ころ
みたいにぶるぶると頭の湿りを吹き飛ばすとメンデルスゾーンの「スコットランド」が
聴きたくなった。だがラジオはブラームスの演奏を止める気配はなく――しかもブラ
ームスの四番だ!――ユージーンはまた別の放送局にダイヤルをまわした。

やおら歯医者のあのマシンを思わせるキューンとなる……
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by momiage_tea | 2009-08-05 15:06 | ゆうじ × TOMOt

祝賀ムードに乗じて


街でいちばんの広場へ向かう途中のことだった。横丁や裏道からぞくぞくと人びと
が吐きだされてきて大通りに紛れてゆく。早歩きになるものはいない。みんなが急
ぎ足だったからだ。群衆は足並みを揃えて、噛み殺した笑みを浮かべ、まるで平和
集会にでも集うみたいにして歩いてゆく。実際それは祝宴だったのだけれど。

そこはかとなく漂う好戦的な空気もなきにしもあらずといった風情だ。きっと誰かが
騎馬隊に石ころを投げつければ、人間どもはおもしろがってその後につづいたこと
だろう。理由なんてありゃしない。もはや無礼講の気分が辺りを完全に立ち込めて
きているようだった。

ここで刑務所にしょっ引かれたところでそれは名誉以外の何物でもないといった
心意気なのだ。やおら広場のどん詰まりにある市庁舎が見えてくると、そこには黒々
とした、五万からなる人類の頭が蜃気楼のように揺らめいている光景が広がってきた。

将棋倒し、テロ、祭り気分に便乗した略奪や破壊行為といったおぞましい情景が、
出番を待つ市長の脳裏を過ぎったことだろう。だがしかし、ここで祝賀会を中止したら
それこそことだ。任期満了を待たずして市長はその座を追われるはめになる。

市長は選手を乗せたバスの到着をそわそわして待ちつづけていた。彼の側近は無線
での会話に余念がなく、ボスの目の前に手をかざしては「今しばらくの辛抱」を促して
いるのだった。

わたしは歩行の流れが澱みはじめたところでサッと立ち飲み屋に潜り込んだ。いつも
は夕方にならないと開かない店なのだったが、この日ばかりは昼間からオープンしない
わけにはいかなかった。さもなければ常連たちが酒を飲ませろと扉をたたき壊してしまい
かねないからだ。

店を開けても閉めてもただで済むはずがないのなら、ここはやっつけでビールを注ぎ
つづけるしかないのだと主人は腹を括っていたのだった。わたしがそのバーに入る隙
があることを心得ていたのは、やはりその店の馴染み客のひとりだったからだ。

サッカー好きの男ならば誰しもそんな店の一軒か二軒は見当に入れていたから、
こんな騒ぎになってもうまい具合に賑わいがばらけて、すし詰め寸前でビールにありつく
ことができるのであった。とはいえ、とわたしは思った。

「実はオイラ、隣町のチームのサポーターなんだよ。長いこと黙っていたけどさ」とでも
こぼしてしまったらどうなることだろう、と……。ふん、すこしもめでたくなんてないのだよ。
この街に住んでると、いつだってムシャクシャすることばかりなのだ。
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by momiage_tea | 2009-08-04 14:55 | ゆうじ × TOMOt

むっつり症候群

人に冷たく当たれば、いずれ冷たい仕打ちでお返しされるのがオチだった。けれども、
人に情けをかけてもそれが戻って来たためしなどなかった。人間不信と自己憐びん。
ここにいると精神が卑屈になって行くばかりだった。いつでも立ち合いに神経をすり減
らし消耗して、結局は相手に先手を取られて押し出されてしまう相撲取りみたいに小
首をかしげて花道を引きあげる日々である。こうも雨降りばかりがでは樹勢瑞々とは
いかないものだろう。わたしは覇気のない顔にカビが生えたみたいなヒゲ面で今日も
むっつりしているほかやり過ごし方をしらなかった。
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by momiage_tea | 2009-08-03 14:50 | ゆうじ × TOMOt


モノ書き石垣ゆうじとモノ描きTOMOt「もみあげ亭」二人による気まぐれ日記


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