<   2009年 07月 ( 21 )   > この月の画像一覧

背信


「このオレにバントしろっていうのかい?」彼はキャッチャーに聞こえるのも構わずに
吐き捨てた。相手チームの捕手は「度が過ぎてるな」といって思わず吹きだしたのだ
ったが、バッターボックスで煮えくり返る寸前のその男に同情もしていた。というのも、
この日巡って来た打席すべてで、男は犠牲バントの指示を送られていたからだ。

男は三つのバントを成功させて責任を果たしていた。だが塁に出ることはできなかった。
まさかの奇襲戦法が三回。いや、これで四回目というわけだった。男はそれまで打率の
三傑に入っており、最終戦のこのゲームで五打数五安打という奇跡を演じれば首位打
者の栄冠に輝くことも夢ではなかったのだ。

「痩せ馬、鞭を恐れずだぜ」男は足元を鳴らしながらいった。
「外角の高めでいいかい?」捕手はいった。
「ああ、ストレートで頼むぜ」彼らはともに日本シリーズを勝ち取ったかつての同僚だった。
しかし、きょうは四位と最下位の消化試合だった。
「今晩は一杯おごれよ」ピッチャーにサインを出しながら捕手はいった。
「任せとけって」打者はいった。審判はないもいわなかった。ピッチャーも首を振らな
かった。レフトスタンドでは地元の応援団が投げやりな応援歌を歌っていた。バッター
ボックスの男は一塁ランナーと視線を交わすと、迷わずバントの構えをした。ピッチャー
はその黙視に加わった。そしてひと呼吸おくと外角めがけてボールを放った。

バッターボックスの男はすかさずバッドを握り直して打撃に転じた。しかしバッドは空を
きって「ブン」と唸り声をあげた。捕手の要求通り外角へ逃げて行くスライダーだった。
審判の威勢のいいコールが球場の隅にまで届き、レフトスタンドはため息に包まれた。
「なにしてやがる!」監督とバッターボックスの男は同時におなじ言葉を発した。

わたしはそのとき三塁側ベンチのすぐ上の座席にいた。胸の裡で「まったくもってなにを
してやがるんだ」とつぶやいていた。しかしその言葉にはまるで感情がこもっていなかった。
わたしはさっと帰り支度を整えると席を立った。球場にはネクストバッターのテーマ曲が鳴
り響き、つづいて選手の名前を告げる鶯嬢のアナウンスが寒々とした夜空に木霊した。
[PR]
by momiage_tea | 2009-07-23 22:42 | ゆうじ × TOMOt

映画『サンシャイン・クリーニング』について


一件目のカフェに傘を置き忘れてきたことに気づいたのは、仙台駅の東口へと
つづく連絡路の出口まで来てからだった。午前中よりも雨脚は強まっていて今で
は傘が手放せないといった空模様だ。世の中はうまい具合に出来ているもので、
すぐそばには薬局が居を構えていた。レジ係はあらかじめビニル傘の包装さえ
剥がしてわたしのことをずっと待ち受けていたのではないかと思えるほどだ。

けれども二歩、三歩と店内に進んでゆく間に消費社会の術中にはまってしまった
かのような厭らしさを感じたわたしは、さっと踵を返して雨の中へと飛び出していっ
た。それも一ブロックの辛抱だった。三分ばかし歩けばそこには映画館があり、
『サンシャイン・クリーニング』は20分後に上映を控えていた。待合のフロアにはミ
ドルエイジの女性たちが多く見受けられ、それぞれに孤独を抱えて押し黙っていた。

『サンシャイン・クリーニング』――雨宿りの時間潰しのつもりで観たその映画は、
仙台駅東口の再開発に伴う劇場の閉鎖によって、そこで観る最後の映画となって
しまった。いずれ映画の良し悪しが劇場の外へ吐き出されたあとの景色の見え方
によって判断されるのであれば、この映画は間違いなく記憶に残る「五つ星」作品
なのだった。物語、役者、音楽、観客、そして劇場とすべてがわたしの感性と審美
眼に適ったものとなった。

まず映画の舞台がアメリカの片田舎、ニューメキシコ州アルバカーキというのが気
に入った。もうこの映画を観たら、なにか一旗揚げるために上京するという決定的な
行為がそれだけで偽りになってしまうような印象を与えられる。地方分権などいらな
いのだ。ニューヨークやロサンジェルスがアメリカの象徴ではないように、わたしたち
は東京を心の拠り所として暮らしていてはならない。

退屈、平凡、飽和、負け惜しみ、逃避思考といったそれらの地域格差――つまりハ
ンディキャップは、映画に登場するジョー爺さんが孫に繰り返し聞かせていた通り、
自分が人並み外れた特別な存在であることに気づくための重要なアングル(仕掛け)
なのだ。言い換えれば舞台装置としてのホームタウン。それが地方で生きる人間が、
人生の主役を意識できる唯一のアイデンティティとなり得るのではないか?
 
主人公の女性ローズは、学生時代にチアガールを務めて脚光を浴びた学園のアイ
ドルだった。それが今では学生時代の恋人と不倫関係を続けるしか楽しみのない、
しがない掃除婦に成り下がっていた。奇行を繰り返す小学生の息子オスカーと転職
を繰り返す不器用な妹ノラへの心配は事欠かず、それでも健気に生きようと奮闘す
る姿が美しい。しかしそれは彼女ひとりの専売特許ではなく、それぞれに悩みを抱え
て生きる家族みんなの誇るべき血統でもあった。

友だちから「バスタード(片親の子)」とからかわれたその意味を尋ねるオスカーに、
叔母であるノラは「その意味は後で分かるわよ」となかば答えをはぶらかし、「大きく
なったらバスタードって名前のバンドを作るといいわ。きっと女の子にもてるから」と
いって少年に勇気を与える。逆境を物ともしない強さと表裏一体の弱さ(ノラは幼い
頃に亡くした母親の自殺がトラウマだ)を両刃の剣として抱え込みながら、家族は
そっと絆を確かめ合いながら生きてゆくのだった。そもそも、血の海地獄と化した事
件現場の清掃を請け負うという設定自体がそのことを暗示していたのではないか?

しかも題名は『サンシャイン・クリーニング』である。あらゆる苦悩や災難に見舞われ
ながらも、この作品にはジメジメした暗さがまるで無い。あるのはどんなときもへこた
れず、諦めず、愛おしいまでに自分の人生を信じるという、その矜持なのだった。

http://www.sunshine-cleaning.jp/index.html

(文=いしがきゆうじ)
[PR]
by momiage_tea | 2009-07-22 21:23 | ゆうじ × TOMOt

陶酔


そのコーヒーは熱すぎた。客の回転率が鈍っているのは明らかだった。月曜日
とはいえ三連休最後の夜だった。閑散としたカフェのテーブル席でひと組の男女
とふた組の女性たちがさもない会話に夢中になっていた。休日の疲弊した気分
と寂寞はジャズの音色によって幾分解消されたばかりか、ささやかに華やいだ
印象さえ醸し出していた。ちょうどチャップリン演じところの腹ぺこの流浪者が暖
かい灯りと芳しい匂いとを運んでくるレストランを見つけたようなものだ。

わたしにも待ち望んでいたものが忍び足で近づいてくるのがわかっていた。喜び
がもうそこまで来ているのだ。ひとつの短編がわたしの眼に涙を潤ませ、外では
夜気が急激に冷え込んできていることまで感知できた。ふと向けられた視線を察
知したわたしは文庫化されたばかりの『ニューヨーク・スケッチブック』(ピート・ハミ
ル著)をはたと閉じ、はにかんだ笑みを漏らすその娘を見つめ返した。彼女は遠慮
がちに照れてみせたけれども、その眼には女性特有のハッとするような自信を宿
していた。

決して胸は豊満ではないが全体的に肉付きのいい体質の彼女は背が高く、少年の
ように短い髪型が幾分のアンバランスさを兼ね添えた完璧な美を形成していた。憎
らしいほどの可愛さだった。わたしは彼女の瞳の中に――ソバカスと無精髭だらけ
の――醜い自分の顔が映し出されていることさえ忘れてしかと彼女の両目を捉えた。
ここで見逃したら二度と出逢えないのだと言い聞かせながら、ただただ素敵な笑み
を浮かべる娘の美しさに神経を集中させていた。

(文=いしがきゆうじ)
[PR]
by momiage_tea | 2009-07-21 21:10 | ゆうじ × TOMOt

駅前の憂鬱


携帯しても苦にならない小判サイズの辞書を二冊買い込んで、駅前の本屋
の二階にある喫茶店へと向かった。駅の周辺はあまり好ましい印象がなく、
これまで必要にかられる用事が発生しなければ滅多にのんびりすることも
ない地域だった。

駅の周辺はどこも再開発に余念がなく、それでいて廃墟がましい錆びれた印
象をぬぐい去れない、どこか陰湿な気配が立ち込めているのだった。夜とも
なればここへ帰ってくる者よりもここから出てゆく者の方が圧倒的に多く、取り
残された乗客であるわたしは嫌でも見送り役に徹しなければならなかった。

それがどういうわけか祝日の夜の、いたって客足の引きが早いような夜に限っ
てそういう配役が巡ってくるのであった。いまや郊外型の生活はぶちまけたバ
ケツの水みたいに広がりをみせており、それが仙台の中心部にあった個性的
な専門店や建造物を加速度的に駐車場やコンビニエンスストアに変貌を遂げ
さす要因となっていた。

ある日、昨日まであった建物がすっかり跡形もなく無くなっている――。その
場で郷愁にかられる間もなく、画一的で味気のない商業ビルがのっぺりと立
ちすくんでこちらを見下ろしてくるようなときには、わたしは、ただ観念してすべ
てを許容してしまうことしかできない。やり場のない憤りや喪失感のハケ口は
ほとんど劣化ともいえる心の硬化現象によって解消されるのだった。

(文=いしがきゆうじ)
[PR]
by momiage_tea | 2009-07-20 20:57 | ゆうじ × TOMOt

明日というもの


わたしは人の群れが好きではない。およそおぞましい人類の行進からわたしは望
んで足並みをずらし、立ち止まり、冷やかな視線を投げかける。けれども、野球や
サッカーのスタジアムから引き揚げてくるスポーツ・ファンを目にするのは好きだった。

そこにいる人びとは試合のある日にしか身につけない野球帽を被り、首からマフラー
をぶら下げ、意気揚々と通りを練り歩く。人いきれの安堵に陶酔しながら、ささやか
な大胆さを発揮して、自ずと手軽な非日常の空間に彩りを与えているのだ。

他人といえども卓越した職人たちでもあるプロスポーツ選手の仕事ぶりに、貴重な
我が人生を賭けてしまうのも悪いことではない。観る側にもプロとアマチュアとがあり、
老若男女を問わずしてスタジアムに一歩足を踏み入れてしまえば、誰もが「弱くても
相撲取り」の風情である。

そんな傲慢さがビールの味をいっそう引き立て、贔屓チームの勝敗に関わらず、
彼らは取りあえず明日のスポーツ紙の配達を待ちわびながら床に就くことだろう。

(文=いしがきゆうじ)
[PR]
by momiage_tea | 2009-07-19 22:56 | ゆうじ × TOMOt

覚悟


ジョン・ファンテの『塵に聞け』、あるいはジョージ・オーウェルの『葉蘭を窓辺に飾れ』
――その主人公はどちらも作家前夜の傲岸不遜なダメ男を描いた物語なのだが、
彼らは、自らの正直さを紙上に書き殴るのと同様にして、心を寄せる女の子にさえも
ぞんざいな振る舞いを崩そうとはしなかった。

物語を読みすすめて、はじめ偽りのないその言葉たちが作家の真摯とも思える執拗
なひねくれ具合に、共感と尊敬の念さえ抱かせたものだが、あまりに頑なで、粗雑な
印象をあたえる彼らの生き方が次第に疎ましく、腹立たしいものへと姿を変えて行く
のであった。

それは恋人の女性が男たちに示す忠誠心や優しさによって、より強調されることとな
る彼らの甘えの構造がそのままうだつの上がらないわたし自身の暮らしぶりとぴたり
一致をみせることによって生じる、目を背けたくなるような葛藤によって、だった。

『塵に聞け』を読むとジョン・ファンテが嫌いになり、『葉蘭を窓辺に飾れ』を読めばジョ
ージ・オーウェルが煙たくなる。そして自分が書いたものを読むと……。わたしはこれ
まで多くの戯れ言を書き綴ってきた。自分へも他人へも、そして人生にも世間にも嫌悪
と遺憾の意を表明し続けてきた挙げ句の果てに、ただただ不実だったのだ。

そうしてわたしはいま、窓辺に押し寄せてくるシュプレヒコールの波によって自らの存在
意義を踏みにじられようとしていた。落城は免れまい。しかし我が国の政治家先生たち
の失態を鑑みて、もうジタバタすまいと腹を決めたのだった。これ以上の見苦しい諍い
ごとはたくさんだった。

曝け出すにも覚悟が必要なのだが、“控えめな場所から内面の成熟を待ちつつものご
とを楽しみ、芸術にとってほんとうに大切なものがなにか、華美な外面に惑わされない
真の力がどこにあるかを捉える確かな眼――”(堀江敏幸著『彼女のいる背表紙』)を
養うにも覚悟がいるものだ。

(文=いしがきゆうじ)
[PR]
by momiage_tea | 2009-07-18 23:43 | ゆうじ × TOMOt

ホワイトボード 後編


休憩室のホワイトボードには海の日に上映されるサーフ・ムービーのチラシが
貼られ、さらに「朝ヨガ教室」の告知も加筆されていた。しかし「トレイルランニン
グ・デー」の日程はすべて消去されていた。わたしが消したのだ。その余白を眺
めていると清々した気分と同時に嫌悪感に襲われずにはいられなかった。

「――希望者は連絡されたし」といえども、結局は参加者への呼びかけはわた
しの方からせねばならず、自宅までの送迎や自分に都合のいい時間をねだる
青年や娘に煩わされるぐらいならば、いっそ監督不行き届きのレッテルを貼ら
れた方がましなようにも思えた。そしてわたしはそのようにしたのだった。誠実さ
を踏みにじられたなら、不誠実さでもって対処するしかないのだ……。
[PR]
by momiage_tea | 2009-07-17 22:09 | ゆうじ × TOMOt

ホワイトボード  中編


……自分への懲罰としてわたしは、「トレイルランニング・デー」を企画した。
わたし程ではないにしろ大会への強制参加を義務づけられ、それをストレス
に感じているスタッフの為に催したものだった。わたし以外のスタッフはトレイ
ルランニング未経験だから、ちょっとでも感覚を掴んでもらおうという魂胆だっ
た。いわばサーファーたちの世話焼き具合に匹敵することをわたしはやって
みようと思ったのだ。けれどもわたしは根っからの偽善者であり、ひどく気が
短かった。

(中略)

その大学生が意図的に練習日にバイトを入れたのかは分からない。彼は
テニス部に所属していた高校時代に毎日10kmのランニングをしていたと
いうし、娘の方も熱心に取り組んでいたかどうかはいざ知らぬが、陸上部
の中距離走者だったという肩書の持ち主であった。

だから、あえてわたしがコーチ役を買って出ることもなかったのだろう。それ
に彼女は住んでいるマンションの近くにある森林公園で自主トレにも励んで
いるようだった。ただし、それは大会へ向けての体力づくりというよりも、わたし
と二人きりで走りたくないという思いからそうしたことは明白だった。「では、ご
勝手に」である。(ほうら、またわたしは拗ねてしまった)
[PR]
by momiage_tea | 2009-07-16 21:52 | ゆうじ × TOMOt

ホワイトボード 前編


……例えば先月のこと、職場のホワイトボードには「サーフキャンプ」への
参加者を募る文字が踊っていた。店を空にしてしまう訳にはいかないから、
7月のシフト表が出来上がる前に「お出掛け組」と「居残り組」にスタッフを
振り分けてしまおうという訳だった。

わたしは迷わず、いの一番に「居残り組」の欄に自分の名前を記入した。
サーファーというのはときに寛大でときに大変なお節介焼きでもあり、わ
たしをいつも感心させるのだったが、彼らはその出欠表を随時チェックし
てはホワイトボードの文句を書き換えるのだった。

「女性陣の参加は?」とか「日帰りOK」といった言葉がその状況により書き
添えられていた。あるときなどわたしの名前が勝手に「お出掛け組」に書き
換えられていることもあった。わたしはそんな波乗り愛好者の親身な心遣い
に痛く感激した(ということにしておこう)そのお返しに、わたしはホワイトボー
ドにこう記したのだった。

「来月のトレイルランニング・デー(7月6、12、17、21日)。店からの送迎
あり。雨天決行。参加希望者は連絡されたし」――それは本望ではなかった。
致し方のない現実という奴だった――。
[PR]
by momiage_tea | 2009-07-15 21:45 | ゆうじ × TOMOt

続・偏屈爺さん


……そんな偏屈ジジイの代表であるわたしに光明を与えてくれる人がいた。
女だ。わたしの能面と化した無表情な顔に笑みを取り戻してくれるのは女性
という摩訶不思議な存在以外にいるはずがないではないか。

人は尊敬できる人物と出逢うことによって成長してゆくものだが、身の周りに
そうした人物の気配がまるでなければ、わたしは自己を意識して理想像を具
現化してゆかねばならい。そうしてわたしに笑顔を与えてくれるミューズに相
応しい存在になりたいと願っているのだ。きっとわたしは酔っ払っているのだ
ろう。だが素面でなんかいられるものか! 

まず手始めにわたしは、わたしから誠実な心を奪い去るような相手と極力接
しないことに決めたのだった。このことが淑やかなミューズの心を射止めるこ
とに繋がるとは到底思えないのだったが、わたしは仏頂面よりも微笑をものに
したかった。人生や自己の探究といったものに苛まれている偏屈爺さんにも
いくらかは知恵が備わっているものだ。ただその使い方がいつも良からぬ方
向へ向かいがちなだけである。(それが大問題なのだ)例えば先月のこと……。

(文=いしがきゆうじ)
[PR]
by momiage_tea | 2009-07-14 21:38 | ゆうじ × TOMOt


モノ書き石垣ゆうじとモノ描きTOMOt「もみあげ亭」二人による気まぐれ日記


by momiage_tea

プロフィールを見る
画像一覧

リンク


■もみあげ亭アーカイブ
もみあげ亭ブログより抜粋した、選りすぐりのストーリをお届けします



■絵日記「TOMOt日和」
絵かきTOMOtの、旅とARTを感じる日々のおこぼれ日記



■木小屋日記(けごや日記)

山形県小国町在住のかご作家・炭焼き職人のブログ




ブログパーツ

カテゴリ

全体
ゆうじ × TOMOt
石垣ゆうじ
TOMOt
写真
TOMOt DesignWork

以前の記事

2012年 08月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 07月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月

タグ

(8)
(6)
(6)
(5)
(3)
(2)
(1)
(1)
(1)
(1)
(1)

その他のジャンル

ブログジャンル

画像一覧