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ウイスキーとラジオ ④


それはわたしにとってのタイプライターだった。これまでのわたしはもっぱら万年筆
を使って書いていきたのだったが、殴り書きの草稿はついぞ最終的な形を成すこと
はないのであった。ここぞというときに用いたワープロも中編小説を一作だけ生み出
すに留まり、そのまま使い物にならなくなってしまった。要はその時点でわたし自身
もなんら使い物にならない人間になり下がってしまっていたというわけだ。

コンピュータ――わたしは電子タイプライターと呼んでいるが――を手に入れてから
はぎこちないながらも紙面を泳ぎまわっていた。それは手書きのときには滅多に味
わうことができなかった感覚だった。まだ粗削りで水しぶきを大袈裟に撥ね上げては
いるもののわたしの泳ぎは日に日に上達しているようだった。そうだ、そうだ、とわたし
は頷く。そうして負け戦の日々をせめてトントンに戻そうと何かにしがみついて、こそく
にも物を書き続けているのであった。

この新しい相棒である電子タイプライターはわたしの格好の慰め相手になってくれて
いる。すくなくとも今夜はそのようである。「わたしは勇気のない人間だ。だからこうや
ってタイプライターにむかって、言葉を叩きだしているのだ」シャーウッド・アンダスン
はそういった。だとすれば、わたしには書く権利も義務も誰よりもあるように思われる
のだったが……。

(文=いしがきゆうじ)
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by momiage_tea | 2009-05-31 13:41 | ゆうじ × TOMOt

折れた木


そこに一本の木があり、木のまわりには草と花があった。
いまでは木の足許はアスファルトで固められ、外灯と車が居並んでいた。
木にしてみればそれは灼熱の太陽に晒されたり、雨風に耐えることよりも
厄介な暮らしぶりにちがいなかった。しかし、木はほいほいと隣町に越して
ゆくことはできなかった。木は、ただ木であるというだけでどんな辛苦をも
甘んじて受け入れることしかできないのだ。それ故に、木はただそこに存在
しているだけであらゆる抗いがたい出来事の象徴になってしまっていた。
そして、その木は緑の葉を盛んに茂らせながら、真っ二つに倒れていた。

(文=いしがきゆうじ)
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by momiage_tea | 2009-05-29 23:59 | ゆうじ × TOMOt

ウイスキーとラジオ ③


どこまでゆけば辿りつけるのだろう。着いてしまったら最後、こんなものかと思ってしまう
のだろうか。そう思わせないために運命とやらはこっぴどくわたしの人生を困難に巡り合
わせようとしているかのようだった。しかしゴールまでの過程の大切さを説くものはほとん
どいない。説くのはわたし自身であり、そしてわたしは小説といえるかもしれないものを書
いていた。果たして、小説というものの正体もわからぬままに……。
 
夏がそこまできていた。わたしは夏が好きではなかった。その理由のひとつに、いつまで
も陽が暮れないということがあった。私としては十七時過ぎにはあたりが暗くなっていて欲
しかった。車のヘッドライトが闇に棚引くようでなくては気恥ずかしくて表を歩けない気がした。
だが、わたしはその時刻には裏通りを足早に通り過ぎてゆくサラリーマンやOLたちを遠巻
きに眺めやるだけで表を出歩くことはまずなかった。仕事が終わるのは掃除と終礼を終えた
二〇時半で、シフトによっては一九時半に帰ることができた。

一足先に仕事がはねたときには大抵、職場の裏手にあるダイアモンドバックス・コーヒーに
立ち寄った。(実際に人通りの多いアーケード沿いにあったのはカフェの方だった)それは物
を書くためだった。ところが最近では女が目当てになっていた。背の高く、ふわりとしたボブの
髪型のその娘は笑顔が飛びきりだった。白い肌はつやがあり全身から育ちの良さを発散して
いた。働くのが楽しくて仕方がないとった様子で、仕事に遣り甲斐を感じているようだった。い
つも忙しく動き回って店内に気を配っていたのだが、それで客に不快な感じを与えるということ
はなかった。むしろ彼女がいるとキビキビとした活気が心地よく店内に広がってゆくようだった。

わたしは空いたテーブルを拭いてまわるのや、トレーを片づけている彼女の後ろ姿をしばしば
盗み見た。彼女は胸はそれほどでもなさげだったが尻は申し分なく、それどころかピチッとした
制服のパンツ越しに遺憾なくその魅力を発揮しているのであった。多くの男たちは持て余すに
違いないその尻を、わたしなら征服できるであろうと思っていた。(こんな言い草をしていたらど
んな女だってわたしからそっぽを向いてしまうことだろう)

彼女は足繁くこの店に通い、長居をしていくこのわたしにレジ・カウンター以外でも声をかけて
くれる唯一の娘だった。それは営業用の気遣いであり、彼女という人柄のせいでもあった。け
れどもそれはわたしに興味があるからというわけではないようだった。ただでさえ猫背のわたし
は電子タイプライター(わたしは自前のPCのことをそう呼んでいた)の前に座るとさらに首と背
中が丸くなった。金曜の夜だろうと休日の夜だろうといつでもひとりで長い時間テーブルを占拠
し、気難しい顔でタイプを打っているハンチング帽子の男は、誰の目にもけったいに映っていた
だろう。

わたしはギター弾きが唇を小刻みに噛みしめ、狂ったように指を動かしている光景に憧れて
いた。音楽は好きでも楽器の演奏はからっきしのわたしにしてみれば、タイプのキーを叩くこと
こそが自らの舞台を際立たせる手段だったのだ。一冊の本はあくまでも結果に過ぎず、そこに
至るまでの過程がわたしに活力を与えてくれるのだった。しかし、わたしは書くことに夢中に
なってしまうことはほとんどなかった。書くことのほとんどが気ちがい染みた現実の出来事で
あり、時折あの娘が現われては去ってゆくのが、気が気でならなかったのだ。

カフェの閉店時間が迫っていた。わたしは書くのを切り上げることにした。マグカップをセルフ
サービスの食器棚に戻そうとすると、彼女が休憩室兼オフィスから現われた。客が席を立つ
たびに店員たちはそのテーブルを拭きにやってきたものだから、きっとオフィスにはそうした
様子を監視するためのモニターが設置されていたのだろう。とはいえ彼女がわたしの行動に
合わせてオフィスから出できたのかは定かではなかった。

「お預かりしますよ」と彼女はいった。
「髪型変えましたよね」とわたしはいった。お願いしますともすみませんともいわずに彼女に
さっとマグカップを手渡してしまったことと、彼女に発したその言葉自体が唐突過ぎたのでは
ないかとわたしは案じた。彼女は食器棚にマグカップを置くと、マグカップを持っていたのと
おなじ右手で前髪をさっとひとかきした。
「こっちだけ短くしたんです」と彼女はいった。レジ・カウンターの奥では物怖じしない笑顔を見
せていたのに、わたしと面と向かって話す彼女はどことなく照れて控え目な印象を与えた。彼
女はいつでも五〇メートル走を駆けぬけてきたばかりといった具合に色白の顔をほのかに赤
らめていた。その懸命な、それでいて自然な笑顔にわたしはすっかり虜になっていた。彼女は
なにか言葉をつづけようとしたのだったが、わたしは彼女の言葉を遮り「――ショートカットの
娘が好きなもんだから」と、またもぶしつけなことをいってしまったのだった。
「そうなんですかあ」と彼女はいって恥ずかしそうにちょっとばかし目線を下にやった。
わたしは自分の間抜けぶりに居た堪れなくなって、お先に失礼といってその場を後にした。
階段を降りてゆく途中で彼女が「ありがとうございます」というのが聞こえた。そしてわたしが
座っていたテーブルの方に彼女が移動してゆくのが見えた。でもわたしは足許をちらと見た
だけで、彼女の横顔は見ないようにして階段を降りていった。

ダイアモンドバックス・コーヒーの外に出ると、二二時のアーケード内はまだ煌々と明るく、駅
に向かう仕事帰りの人々の数はそれほど多くはなくなっていた。すれ違う疲れた顔たちには
どことなく満足感が広がっているように思えた。こいつが恋というものなのかとわたしは思った。
キース・ウィットリーの ” When You Say Nothing At All “ が自然と口をついてでた。

  なんと素敵に 心に語りかけてくるのだろう
  きみの言葉は 闇を照らしてくれるけど
  どれだけトライしても 説明なんてできない
  無言で語りかけてくる その響きの意味が

  きみの笑顔が必要だと 教えてくれた
  きみの瞳が ぼくを独りにはしないと
  きみの手に触れ 話せたならば
  ぼくは永遠に きみの虜になるだろう
  何も言わずとも きみは素敵に物語る 
 
朝からの雨は小降りになっていた。わたしは傘を差さずに歩いて帰った。自転車で帰るとき
はいつも仲ノ瀬橋を渡って帰るのだがこの日は大橋を渡って帰った。勾配のきつい坂道が
待ち受けていたけれどその方が近道だからだ。橋の眼下では濁流を運びつづける広瀬川
が夜目にも勇ましかった。坂をのぼりきったところにある青葉城の隅櫓がこれでもかとライト
アップに映えていた。しかし、それを観る観光客はもはや誰もいなかった。芝生に植えつけ
られた照明からは湯気が立ち上っていた。

わたしはさっき胸の裡で口ずさんでいたその曲を声に出して歌っていた。英語が苦手なわた
しにもキース・ウィットリーの曲ならそらで歌えるのだった。彼の歌には、愛を称える曲でもき
まってどこかに憂いがあった。旋律よりもきっと彼の声と歌い方に、そしてキース・ウィットリー
という酒に溺れずにはいられなかったひとりの歌い手の中にそうした要素が多分に含まれて
いたのだろう。

  日がな一日 人々は 大声でまくしたてる
  けれど 埒のあかない会話に明け暮れる
  爺さんや 人ごみから 
  きみはぼくを抱きよせてくれる
  ぼくの魂に何かを伝えてくれる

  きみの笑顔が必要だと 教えてくれた
  きみの瞳が ぼくを独りにはしないと
  きみの手に触れ 話せたならば
  ぼくは永遠に きみの虜になるだろう
  何も言わずとも きみは素敵に物語る 


(文・訳=いしがきゆうじ)
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by momiage_tea | 2009-05-27 23:01 | ゆうじ × TOMOt

ウイスキーとラジオ ②


ところで、私は完全なるソリストなのであって誰かに指揮棒を振りまわされることは
好まない。たとえ物書きという人種がいくつかの原酒を調合するブレンダーなのだと
しても、私自身がひとつの樽から取り出されたシングルカスクであることに変わりは
ないのだった。

そのような考えが脳裏に浮かんだのはウイスキー工場から持ち帰って来た一枚の
コピー紙のせいだった。そこにはウイスキーの原酒(つまりシングルカスク)について
の解説が明記されており、ブレンデットウイスキーをオーケストラとするなら、シングル
カスクはソロに喩えることができる、と書かれていた。

シングルカスクを手に入れるにはふつうウイスキーの蒸留所を直接訪ねるしかない。
幸いなことに私にはニッカウイスキーの宮城峡があった。私が蒸留所のバーカウンター
で試香してこれだと思ったシングルカスクはグレーンウイスキー(トウモロコシが原料)
の樽に詰められていたものだった。アイルランド、スコットランド、カナダ、アメリカ、日本
とある世界のウイスキーの中でも、トウモロコシを主原料とするアメリカのバーボンウイ
スキーの香りに惹かれるとは我ながらカントリー音楽との結びつきを感じずにはいられ
なかった。

いずれにせよ私は、体内で眠っている夥しい数の樽の中から頃合いの原酒を選び出し、
アルコール度数を調節してやらなければならなかった。カントリー音楽に喩え直すので
あれば、作家は原酒という名のシンガーソングライターであり、同時に楽曲とアルバム
をまとめあげるプロデューサーでもなければならないわけだ。結果、形を成すのは私が
調合したブレンデッドウイスキーというわけであるが、その味と銘柄が決まるにはまだ
時間を要するのだった。

しかし、私はこの自前のウイスキーをこしらえる作業がえらく気に入っている。良いものが
出来上がるにはそれ相応の熟成期間と、そいつを飲めたものにしてやる感覚が必要だ
ということだ。そして飲める酒が出来上がったとしても肝に銘じなければならないことがある。
(それは厄介極まりないことでもあるのだが)ウイスキーは喜ばしい出来事があったときに
限り口にすべしということだ。決して聞き捨てならない文句だ。

ならば、ウイスキーがビールやワインよりも飲まれていないのが、ただ単に価格や味わいの
問題だけではないというのもうなずけるではないか。逆にいえばウイスキーの飲み方を間違
っている連中が実に多いということであろうが……。

(文=いしがきゆうじ)
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by momiage_tea | 2009-05-25 22:20 | ゆうじ × TOMOt

ウイスキーとラジオ ①


なにはともあれホームグラウンドに戻って来たわけだ。わたしはもう自分のマウンド
でへまをするのはご免だったし、はなから打たれることを覚悟したみたいな顔つき
でマウンドに上がるのもご法度だと自分に言い聞かせていた。それもこれもビレッジ
プレスから出された二冊のブコウスキー本(『パンク、ハリウッドを行く』と『オールド
パンク哄笑する』)の影響だった。ブコウスキーは私を笑わせ、奮い立たせ、おまけ
に涙すら流させた。

想像力に乏しい物書きである私に「格好つけるな、ただ正直に書きゃあいいだけの
ことさ」と教えてくれたのだ。私の背中をそうやってバンッと叩きつけてくれる作家は
ブコウスキーただひとりだけだった。私は文章が下手ではなかった。それでときどき
いや、かなりの頻度で技工に頼りすぎて文章がこんがらがってしまうことがあった。
(いまでもそうだが)気づけば自分のいちばん嫌いなタイプの人間に成り下がって
しまっていたというわけである。

ギターの巧いミュージシャン気質の歌手がテクニックに走りすぎて、自分と旋律と
に酔っ払ってしまっているような曲が私は好きになれなかった。私のお気に入りの
曲や歌い手たちというのは、歌がそれほどではなくメロディが単調だったとしても、
酒のつまみにぴったりくるような曲だった。(それがお泪頂戴だったとしても、わたし
にはそれが嘘か本当のことかが分かった)そこにあるのは技術ではなく感情だ。
もしくは感情を読み解ける感覚なのだ。

曲を作った者たちが歌詞をしたためたあの皺くちゃのレシートやミード社の安っぽい
黄色いメモパッドの文字が目に浮かぶような歌――そのような曲のほとんどが私に
とってはカントリー音楽なのであった。

音楽に興味がないと公言する娘をふたり知っているが、彼女たちは不幸の代名詞だと
言わざるを得ない。しかし、彼女たちは私よりも遙かに若くひかり輝いている。そして、
まだ億尾にしか悲しみを表に出さなかった。きっと、まだ彼女たちは音楽に頼らなくとも
自ら抱える苦悩と折り合いをつけることができるのであろう。私といえば、音楽なしでは
いられなかった。この胸の痛みをいくらかでも和らげてくれる音楽が・・・・・・。

まともな音楽であればどんな類のものであれ、そこには互いの理解力とそこから派生
する親和力があるものだ。歌い手(あるいは作詞作曲家たち)と私との間にある溝は、
時代や国境や性別すらも含めていとも易々と飛び越えてしまうのだった。そうしてその
ことで日常における私という生き物と世間との分かち難い距離を、音楽は些かでも縮め
てくれる役割を果たしてくれるのだった。(分かることが生きることだと私がいうのはその
ためだ。)

音楽というパートナーがなければ私はもっと塞ぎこんでいただろうし、この世になにがし
かの希望を抱くことさえなかったであろう。実際この世の中には希望なんてものは存在
しないが、音楽という慰めが今日や明日を辛うじて夢見ることのできるものにしてくれる
のであれば、音楽は希望そのものであると断言してもいいだろう。

(文=いしがきゆうじ)
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by momiage_tea | 2009-05-23 01:31 | ゆうじ × TOMOt

往路書簡 ①


絵描きさんへ

早くも懸念事項にひっかかりました。ブログという不特定多数の読者を相手に
するこの媒体でぼくは未完成の小説を発表してしまいましたが、それはひとつ
の作品を書き上げるための、いわば口実というべき手法でありました。ご存じ
のようにぼくは根っからのズボラな性格なので、こうした些細な発表の場を得
るという形でしか作品が仕上がらないと考えたわけです。

おわかりでしょう。それがどんなに浅はかで愚かしいタワケであるかが! ぼく
の中の孤独はぼくの魂の奥底でこそ消化すべきなのです。一般的に売れっ子
の作家たちが連載という形式を用いてひとつの作品を作り上げることは日常化
しているけれども、ぼくは今、日常というこの身にふりかかる非文学的な世界を
描きながら、それでも意図的な無意識によってでさえも文学的に仕上がってし
まうであろう物語を紡いでいるのです。

ぼくの書くものはある人びとを困惑させ、憤りを覚えさせることもありうるでしょう。
しかし、それも厭わないとぼくは思っているのです。それはぼくが物書きであり、
そうすることによってでしか自分を救済できないことを知ってしまっているからな
のです。ぼくはジワジワと皆の信用を失い、周囲から警戒されてしまうことよりも、
いっそ一気にすべてを失いたいのです。隠蔽工作こそがぼくの作戦を成功に導
かせる鍵というわけです。鉄則なくして改革はありえません。

ほら、いつかきみに話した「強制収容所」から抜け出すために、ぼくはぼく自身
に科せられた刑期を終えてしまわねばならないのです。いやいや、刑期など
あるはずがない! だからぼくは爪を汚してここからこっそり逃げ出すための
土穴を掘り返しているのです。タイプするために、指先と精神とに余力を残して
おかねばならないのだから、えらく根気のいる作業にはなるけれども……。

追伸、小銭が入ったら藤田嗣治の群像作品展を観に行こうと思います。きみの
    作品もいつしか近いうちに必ず陽の目を浴びることになることでしょう。
    留置所の、この侘びいしい陽だまりのベンチから固い握手を送る。  
    (5月20日、14持58分)

(文=いしがきゆうじ)
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by momiage_tea | 2009-05-21 00:00 | ゆうじ × TOMOt

【ある中編小説のために書かれた断片】 ~第3章より~


わたしは自分を変えてしまうことができなかった。彼女は六年の歳月をかけて
その事実を究明し、彼女の人生にとってこの先わたしが何の役にも立たない
存在であることが立証されてしまうと、きっぱり長年の研究対象であったわたし
を諦めたのだった。わたしとしては一時的に距離を取ることを提案したかったの
だが、彼女はまっさらになることを望んでいた。それは賢明な選択だったという
しかないのだろう。いつだって彼女は正しい答えを導き出していたのだ。だから
こそ彼女はわたしという男を見出し、わたしとの別れを選びとったのだ。

(中略)

笑わなくなり、話さなくなった彼女がおもむろに見せた巣立ちのほほ笑み。わたし
はあの笑顔を生涯忘れることができないだろう。それはふたりにとっての最後の夜
だった。六畳の部屋で眠りに落ちる寸前のわたしに、彼女が手向けてよこした慈愛
に充ちあふれた笑顔。それはまるで、母親の象徴を思わせるほど麗しい顔だった。

(中略)

彼女はこんなわたしとの六年間に感謝をしてくれていた。そうしてこれからは自分の
力で生きていくのよ、とその顔は語っていた。わたしは、わたしはこの期に及んで初
めて見るそのほほ笑みに怖じ気づいてしまったのだと思う。出て行ったのは彼女だ
ったが、実のところ荷物をまとめて旅立たなければならなかったのはこのわたしの
方だった。 (中略) わたしはその彼女の笑顔に応えることもできずに、そっと目を
閉じた。眠りについたふりをして、そして彼女が部屋の灯りを落すのを待ってから、
彼女の肌の温もりと優しさを感じながら黙ってすすり泣いた・・・・・・。


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(文=いしがきゆうじ)

(絵=TOMOt)

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by momiage_tea | 2009-05-19 22:32 | ゆうじ × TOMOt

【ある中編小説のために書かれた断片】 ~第3章より~



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女「ねえ、捨てられないものってある?」
私「じぶん
女「そういうことじゃなくって」
私「ああそうか、わかった。あったよ。」
女「なによそれ?」
私「万年筆
女「なによ、おんなじことじゃないの!」

(文=いしがきゆうじ)

(絵=TOMOt)

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by momiage_tea | 2009-05-17 23:18 | ゆうじ × TOMOt

【ある中編小説のために書かれた断片】 ~第24章より~


わたしは信用を失うことよりも自分を失うことの方が怖かった。それこそ
惨めったらしい末路である。わたしには見え隠れしている表裏一体の嘘
と誠が認識できる。そしていつでもわたしはその挟間にいて、ジレンマに
苛まれてきたのだ。(中略)わたしは展示用のパネルに貼り出すコピーを
でっちあげたのに過ぎなかった。理想という名の虚偽報告。あるいは偽善。

真実はいつでも包み隠されていて見えないどこかに置き去りにされているのだ。
けれども、わたしはその包みの中でもぞもぞしている怪物たちがわたし自身の
胸の裡に巣食って、やがて温かな感情を蝕んでしまうことを知っていた。(その
こと自体が真実だといってもいい)温かな感情は冷めてしまうというよりもむしろ
暑さ寒さもわからぬように、ひとつの、いやまったくの無と化してしまうのだった。

世の中は何も感じない人間たちでウヨウヨしている。わたしはそうした群衆の中
に放り込まれると違和感を覚えるのだ。わたしはまだ救いようがあるということだ。
だが、怒りはあまり感じなくなっていた。それが悟りというものなのか? わたし
は多くを望まない。だからこそ相手から多くを期待されることも望まない。放って
おいて欲しいだけのことだ。そして孤独になってはじめてものが書けるようになる。

怒りはない。それでも、わたしはあえて不愉快でいなければならなかった。あの
何も感じなくなってしまっている人類の群れにまみれてしまわぬように。そして、
少なからずわたしに何かを望み、絡んでこようとする職場の同僚たちと一線を
画するために・・・・・・。物書きという稼業は実に寂しく侘びしい人間を創りあげて
しまうものである。

(文=いしがきゆうじ)

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(絵=TOMOt)

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by momiage_tea | 2009-05-15 21:29 | ゆうじ × TOMOt

【ある中編小説のために書かれた断片】 ~第6章より~


「ほうら、受け取りやがれ!」わたしはビニルテープをしたたか机に打ちつけた。
青と黄と緑の三色セットだった。
「なんだってこんなにたくさん買ってきたんです?」マチョはいった。
「三巻セットになってるのしか売ってなかったのさ。まだつべこべいうのかこの筋肉
野郎め!」
「ふうん」
「さあさあ、マチョ君」わたしは揉み手をしながらいった。「これから昼休みに入るもん
でね。そこの相棒さんにとっとと湯を沸かすようにいっておくれやしませんかね?」
「まあまあまあ、慌てなさんなって」
「早くしないと売り場の図面が仕上がる前に日が暮れちまうぞ!」
マチョは散歩を拒む座敷犬のような悲しげな表情を浮かべると、またも鼻息をもら
した。さっきよりも荒々しくだ。するとそこへスクラッチーがやってきた・・・・・・。

(中略)
 
スクラッチーはいつでも噂を聞きつけてやってくる。彼はマチョを机からどけさせると、
青のビニルテープをコードに巻きつけはじめた。わたしはそこからわずかに離れた
テーブル席に座って、おにぎりを食べはじめた。中身の具は昆布だった。備え付け
のコンピュータを開きインターネットで最新のスポーツニュースを眺めていた。5分が
経過したところでわたしはスクラッチーと彼に茶々を入れているマチョの様子を観察
しだした。湯沸かし器にはまだ電源が入ってはいなかった。わたしはスクラッチー
に檄を飛ばした。この手の男は褒めて使うのが一番だった。それに、いち早く即席の
カップ麺にありつくためならばわたしはどんな相手にでも媚を売ったことだろう。そこ
からさらに5分が経過した。

マチョはしばしどこかえ消えていたがまたストックルームに舞い戻ってきていた。修理
にてこずるスクラッチーにまたも難癖をつけて冷やかしている。わたしはコンピュータ
の画面を見ているふりをした。わたしの憤りはポンコツの湯沸かし器よりも先に沸点に
到達してしまいそうだった。マチョはそのことに気づくと「まあまあ落ち着いてラクさん」
といって気安くわたしの肩を叩くのだった。
ただならぬ電子音が発せられたのはちょうどそのときだった。青白い閃光が稲光り、
ほやほやと幽かな煙が立ち昇っていた。そのバチッという音にはどこかしらノスタル
ジックな響きが交じっていた。わたしは現実を目の当たりにしながらもアニメかSF
映画の世界を垣間見ている気にさせられた。いずれにしても一瞬の出来事だ。目の
端でスクラッチーが「ワオッ!」とのけ反り、わたしの肩に爪を立てながらマチョが大
きく飛びのいた。

スクラッチーのメガネはレンズにシャッターが下ろされたみたいにほんの刹那、まっ白に
なった。だが髪の毛が逆立ってしまうということにはならなかった。わたしはまったく平静
だった。それでもスクラッチーとマチョがおののき、喚声をあげているのを見て、咄嗟に
自分もこの騒動に加わった方がおもしろいだろうと思っただけだった。
死んじまうところだったぞスクラッチー!」わたしはいった。
電源に差し込んだまま作業しちまったよ俺は!」スクラッチーはいった。
「労災なんて出やしないんだから、くたばらなくてよかったじゃないか」マチョがいった。どの
顔にもからかうような笑みが広がっていた。スクラッチーはコンセントからコードを引っこ
抜くと「おいおいおい、銅の融点ってのはどのぐらいなんだよ!」といいながらこちらへと
やってきた。わたしからコンピュータを奪い取るとインターネットで銅の融点を調べだした。
とんでもねえぜ!」奴はいった。「おいおいおい、銅の融点ときたら1081℃だぜ!
 
巨万の富とおなじくその温度がどれほどのものなのかわたしには想像もつかなかった。
きっと銅線をも融かしてしまう温度なのだろう。そしてそれは死を彷彿とさせる温度でもある。
「さっきあんたの顔に髑髏(シャレコウベ)が浮かびあがっていたよ」わたしはいった。
「髪がちりちりにならないだけ良かったじゃないの」うひょうひょ笑いながらマチョがいった。
1081℃だってよ!」得意げにスクラッチーはいった。「俺の身体に1081℃の電流
が流れたんだぜ!
」また話がおおきくなったとわたしは思った。だが、奴にのることにした。
1081℃の男だなスクラッチー!
1081℃の男だぜ!
「早いとこ放電しないとまずいことになるんじゃないの?」マチョはいったが、スクラッチーは
恍惚としてその言葉が耳に入っていないようだった。
1081℃だってよ!」スクラッチーはいった。「おっかねえ、やばいよ、1081℃!
「いっそのこと、1・0・8・1と書いたTシャツでもこしらえたらどうなんだい?」

(文=いしがきゆうじ)
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by momiage_tea | 2009-05-13 22:18 | ゆうじ × TOMOt


モノ書き石垣ゆうじとモノ描きTOMOt「もみあげ亭」二人による気まぐれ日記


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