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『ひとつ余計なラストパス』⑦ (毎週木曜日更新)

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                                  (写真=Az)

 【That Feeling】

  長いあいだ忘れていた あの感覚
  誰よりも早い朝を 北へひた走る
  お気に入りの音楽と 新鮮なこころと
  わずかばかりの あぶく銭をつめて   
    
  失くしたものがなんなのか 
  旅から戻れば気づくだろう
  だから なにもかも忘れて
  アクセルを 踏み込もう
  ゆっくりと そう ゆっくりと  
  ■
  (石垣ゆうじ)
     
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by momiage_tea | 2007-03-15 19:09 | 写真

アルバム“twin fiddles”⑪ (毎週水曜日更新)

 【ハイ・ロンサム・サウンド】

  守り木、巻きわら、トンビの群れ
  赤・白・青の竜巻は床屋のサインポール

  溜池、釣り人、むせび泣く汽笛
  息を凝らして森にひそむは年寄りトロル

  フィドル、バンジョー、マンドリン
  木枯らし舞うほど鳴り響け、ハイ・ロンサム・サウンド
 
  無人駅、防風林、丘の墓地
  神社のおきつねさんがあくびする

  青葉山、広瀬川、山屋敷
  悪友待つは終着駅、オイラのふるさと仙台さ

  ドブロ、ギター、ウッド・ベース
  倒れるまで演れ、我らのハイ・ロンサム・サウンド
  ■
  (石垣ゆうじ)
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by momiage_tea | 2007-03-14 16:34

~ Old Songs In A New Cafe ~

壁に飾られたポップアートも、となりのうちあけ話も、
彼らのすする薄いコーヒーのように味気なく、若い。

行き場を失い、躊躇いがちに入った一軒のカフェー。
人いきれの安堵とはほど遠い、擦れた安らぎのなか、
こうしてぼくをここに留めさせていたのは、ジョージ・
ジョーンズの歌う古いカントリーソングだった。

歌うたいができることは、いつだって歌うことだけだ。
そうして心を捉えて、知らぬ間に立ち去っていくのが
歌の在り方だとすれば、きっとボクらができるのは曲
に耳を澄ますということだけなのだ。

掻き消されることに怯えもせず――聴く耳をもつすべ
ての者のためにジョージ・ジョーンズは歌う。そうして、
『想像してごらん』と投げかける。

 想像してごらん。
 音楽のない世界を。祈りのない教会を。
 想像してごらん。
 晴れない空を。子供の遊ばない庭先を。
 ・・・それってボクにとってはキミがいない
 ことと一緒なんだ。

コーヒーカップで掌を温めながら、ふと思い返したのは、
あの娘の言葉だ。

『きっとさ、いなくなってから存在の大きさがわかると思うよ』
 
 「・・・・・・誰も歌の言葉なんか聴いていないんだ。
  チキショー。でもわたしは信じてる。でなきゃ歌
  えないものね。」そういったのは、痛ましく死んで
  いったジャニス・ジョプリンだ。

誰も大切にしない歌の言葉を信じるようにして、精神を生
き、けれども彼も彼女も、ここを去っていった。ともすれば、
彼や彼女が遺した名曲の数々に耳を澄まし、それを歌い
継いでいくのが、ここに残された者の使命なのだろう。

(石垣ゆうじ)
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by momiage_tea | 2007-03-13 02:52

『きっとじぶん自身に宛てた手紙』⑫ (毎週月曜日更新)

 “人生はこんがらがったものでなく、もっとずっと単純であっていい
  と思う。決まった時間の外に、じぶんをもってでる。決まった時間
  の外にもう一つ時間があり、そのもう一つの時間なかに、忘れら
  れた人生の単純さがある。旅に目的はない。ただどこかへゆく。
  そして、人生の単純さをじぶんに、ほんのしばらくでもとりもどす。
  どこか――時間がきれいな無でみたされていて、神々がほほえ
  んでいると感じられるような、どこか”
                                 (――長田弘)


 仙台。そのどこかはボクにとって仙台しかなかった。仙台にはなにも 
 ない。そう言う人がいる。ぼくがそうだ。けれどもそういう人たち――
 仙台で生まれ、仙台で育ち、仙台に生きている人たちは、仙台にしか
 ないたくさんの魅力を知っている。カンザスの人たちと違うのは、生粋
 の仙台人は、信じるものをその土地に持っているということだ。


 “カンザスの風景を、カンザスの人はうつくしいと思っていない。単調
  で退屈だと思っている。カンザスがすばらしいと、カンザスの人は
  けっして言わない。そう信じてないからだ。じぶん自身とじぶんの
  州をみずから侮ることが、カンザス人気質をなしている」
                  ――カール・メニンジャー(精神分析医)


 海の向こうには何もない。船も雲もなかった。あるとすれば、こころの
 容量のひろがりだ。反対に、紅葉した尾根の向こうには、まだ何かが
 隠されている気がしてならない。

 こころはしっとりと落ちついていくのに、山脈に見入っていると懐の深
 さに包まれて、閉塞感が募ってくる。東北の海には晴れやかさがない。
 あるのはおおらかさだ。東北の山には辛抱強さがある。ないのは冷徹
 さだ。

 ただ泣けないな、とぼくは思う。南国なら泣けたかもしれない。けれど
 も東北の片田舎の風景には、純朴すぎて泣きごとを漏らす気にもな
 れないなにかがある。

 福島県原町駅。

 手にいっぱいの土産を持たせて、婆ちゃんが孫を車内に送り込む。
 その顔は土焼けに赤らんで、すっかり東北人の顔をしていた。垢抜
 けることなく歳をかさねてきた皮膚の厚い顔。

 動き出す車窓を覗きこむ婆ちゃん。孫の成長は早いが、婆ちゃんの
 人生はゆっくりだ。孫にとって婆ちゃんは、ものごころついたときから
 ずっと婆ちゃんだ。婆ちゃんが青空にのぼる煙となっても、記憶を再
 生すれば、やっぱりその姿は婆ちゃんのままなのである。
 (2005・11月28日)
 ■
 (石垣ゆうじ)
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by momiage_tea | 2007-03-12 23:18

『メトロ④を降りれば・・・』⑤ (毎週日曜日更新)

表通りが裏通りで、裏通りが表通りだった。つまり大通りに
面したホテルが向いていたのはパリの端っこで、ぼくらが
手にした地図は真っ逆さまなのであった。

閑静な町並みに落ちついたカフェが現われ、無人のテラス
席は、乾ききった客人を待ち侘びているのであった。だが、
そこはぼくらには不釣合いな高級住宅街で、ぼくらの目指
すエッフェル塔は、いつまでたっても姿をみせることはなか
った。

石畳の坂道をゆっくりとのぼり、小径を散々横切る頃には、
ぼくとジンの目標はエッフェル塔から、じぶんたちの宿泊
ホテルにいかにして戻るか、ということに取って代わって
いた。

急に視界がひらけた。あったのは、パリを飛び出してゆく
幾叉もの幹線道路だった。無表情なクルマが猛烈なスピ
ードでぼくらを翻弄してゆく。ぼくとジンは必死にパリに留
まろうと持ち堪えるよりなかった。

辺りは工業地帯の様相を呈し、鉛色の波止場には薄っす
らと観光地の香りが漂っている。さびれた港のカフェに、
そぞろはためくパラソルは、どこかよそよそしい。

汗によれた地図はすでに役目を終え、のっぽのエッフェル
塔がはるか彼方に見え始めてくると、丘の上のその町は、
途端に華やかさをましてきた。

買物帰りの女たちが立ち話の輪をつくり、ちいさな噴水の
まわりで子どもたちがフットボールに興じている。町のマル
シェを抜けると、いきなりそこだけ緑の絨毯だ。無人のフット
ボール場だ。客席はない。だが歴史があった。その町の男
たちの歴史が。

あけっぴろげなエッフェル塔ではみられない、もうひとつの
パリ。見知らぬ人々の門扉を通りすぎ、街灯に燈が灯る。
ホテルの隣のガソリンスタンドで、七色のアイスクリームを
買って部屋へと戻った。

ジンは程なく眠りにつき、ぼくはなかなか溶けないエッフェ
ル塔のように聳え立つ七色のアイスクリームを舐めながら、
ただただ、ポルノ映画を眺めているのであった。

(石垣ゆうじ)
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by momiage_tea | 2007-03-11 03:21

『ねずみのパンチョとレフティ』④ (毎週金曜日更新)

 コバルトブルーの大魚は、
 抜き差しならない理由から、
 王位の座を追われて、
 魔法をかけられて、 
 この柿色の空の 
 盲目の主になったのだった。
 
 パンチョは知っていた。
 コバルトブルーの大魚が、
 魔法を解く呪文を知っているのを。
 
 スペクトルの音色は、
 にっちもさっちも行かぬ夜に、
 生きる愉しみを忘れて、
 魔法を忘れてしまった男に、
 この茜色の街の
 ネオンの豊水を与えるはずだった。

 レフティは知っていた。
 スペクトルの音色が、
 ひと夜の奇跡を演出してくれるのを。
 ■
 (石垣ゆうじ) 
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by momiage_tea | 2007-03-09 22:18

『ひとつ余計なラストパス』⑥ (毎週木曜日更新)

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                                   (写真=Az)

 【入れ忘れた角砂糖】

  失くしたのは突然じゃなくて、
  要を欠いた毎日の すきっ腹の珈琲だ

  忙しなく過ぎていったきのうに、
  ぽっかりと空いた くたびれ果てた胃だ

  まっすぐは帰りたくなくて、
  たやすい一服と ジャンクな会話を頂く

  取り戻すのは簡単なはずだけど、
  どこにもぼくは みつからないんだ

  失くしたのは必然なんだろう
  おまけにきみも みつからないんだ 

  眠れぬ夜の過剰摂取よ、
  傍らに誰もいない夜を 満たしておくれ 
  ■
  (文=石垣ゆうじ)  
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by momiage_tea | 2007-03-08 23:23 | 写真

アルバム “twin fiddles”より⑩ (毎週水曜日更新)

 【沈丁花】

  沈丁花の香りに うしろ髪ひかれて
  お月さんが見えなくなるまで ぼくは
  橋にいたんだ あの年 あの春の夜に

  沈丁花の香りに こころ浮き立ち
  あしたが見えると思い込んで ぼくは
  橋にいたんだ あの年 あの春の夜に

  沈丁花の香りに 胸しめつけられて
  きみが行ってしまうのを ぼくはただ
  橋から見送った あの年 あの春の夜に

  沈丁花の香りに 夢ほだされて  
  旅が終わったと気づいたんだ ぼくは
  橋にもたれて あの年 あの春の夜に
  ■
  (石垣ゆうじ)
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by momiage_tea | 2007-03-07 22:44

『きっとじぶん自身に宛てた手紙』⑪ (毎週月曜日更新)

 “賃金が低いことと、五十年精いっぱい働いても、あとに残るのはぼろぼろ
  の体だけだってことを除けば、カウボーイとして生きることほどすばらしい
  人生はない”
    (――ロバート・ジェームズ・ウォラー著:『ボーダー・ミュージック』より)

 

 カウボーイの領域へ(大股で)、2歩も3歩も足を踏み出してしまったぼくに
 とっては後戻りは至難の業だ。けれども今、ぼくはカウボーイも、一流のジ
 ャズ・ミュージシャンやメジャー・リーガーと同じで、好きだからというだけで
 続けられるものではない、という――いわば「避けがたい現実」に直面して
 しまったようだ。

 人生の岐路、運命の別れ道、それは眩暈(めまい)と頭痛、それに一つまみ
 の開き直りからできた先のみえないいっぽんの道だ。

 「選ぶ」という字には、理想と現実からなるふたりの「己」がいて、両者は常に
 「共」になっている。だから「選択」という言葉は気軽に使われているけれど、
 どだい無茶な、道理に適わない言葉なのだ。

 複数の道のなかから、自分にもっとも相応しいいっぽんの道を「選択」する。
 灯かり一つない真夜中の荒野でだ。うまくすれば心の暗闇にも月明かりが
 ひろがり、星々が自分の今いる位置を教えてくれるかもしれない。

 そうやってみつけたか細いカントリー・ロードを、ぼくは幾日も駆けた。そして
 行き着いた先は、粗末なロードサイド・モーテルで、ぼくはまたベッドの縁に
 腰掛けてぐずぐずしている。ラジオを捻ればめそめそしたカントリー・ソング
 が、眩暈と頭痛、それに一つまみの開き直りを歌っているだけだった。
 ■
 (石垣ゆうじ)
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by momiage_tea | 2007-03-05 00:04

『メトロ④を降りれば・・・』④ (毎週日曜日更新)

 オプショナル・ツアーに出かけた同胞を尻目に、ボクとジンは出遅れた
 一日を取り戻そうと、ヴァンセンヌの森を目指すのだった。寺院や劇場、
 美術館、それから古城もないけれど、ヴァンセンヌの森には出かけて
 行く価値があるようだった。

 目も焼ける初夏の日差しに晒されて、見るものがすべて真っ青に映る。
 メトロの駅から地上に出たばかりなら尚更そうだ。そうして道に迷って、
 白い肌の男たちは意地が悪く、黒い肌の男は黄色い肌の仲間だった。
 
 黒い肌の、モロッコかチュニジアだろうか。アフリカの匂いのする清掃
 夫はトラックの荷台から掃除道具をおろす手を休めて、動物園へゆく
 道を探してくれた。動物園へゆくのだと知った黒い肌の男は動物園へ
 行く道を知らなかったけれど、一緒に地図を追ってくれて、別れ際には
 ニヤリと「オレも動物園に行きたいやね」というようなことを言った。

 その動物園には本物の動物がいた。本物というのは野性味に溢れて、
 気持ちのやさしい人間を悲しくさせないという意味だ。ボクもジンもこの
 動物園を気に入った。

 パリでのひもじい生活を余儀なくされた、どこかしらの異邦人と何度か
 すれ違った。彼らはなにを求めてここへやってきたのだろうか。理由は
 どうあれ、ぼくは彼らの気持ちが、そして、この動物園で暮らす生き物
 たちのこころの裡が理解できるような気がしたものだった。

 ヴァンセンヌの森を歩いて帰った。池の畔のカフェーにお客は疎らで、
 芝生の上では裸同然の、年甲斐もない男女が肌を焼いていた。途中
 でサイクリングに勤しむカップルや家族に道を譲って、道を越された。
 ボクとジンはゆっくりとした歩調でメトロ④への帰路に就いた。
 ■
 (石垣ゆうじ)
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by momiage_tea | 2007-03-04 08:34


モノ書き石垣ゆうじとモノ描きTOMOt「もみあげ亭」二人による気まぐれ日記


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