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さよなら、金木犀。狂い咲きの夕べ。 (10月31日)

やはり音楽が必要で、レコードショップに出掛けては試聴をしてみるのだが、
まことに由々しきことに、この世はろくでもない音楽で溢れかえっている。どう
してこれが50万や100万枚というヒットに行き着くのかボクには到底理解でき
ない代物ばかりだ。作り手はアーティストと呼ばれている。だが果たしてそうで
ある以前に、彼ら(あるいは彼女ら)は、歌うたいやギター弾きでなければなら
なかったのだ。聴き手にも責任がある。しかも、大ありだ。恐らく彼らがすべて
を破滅に追い込んでいる張本人たちである。物事も音楽に関しても、その善し
悪しをまったくを判断できず、ただそうしたジャンク音楽に耳をかし、さもそれが
格好のイイことのように思っているのだろう。だが、その中の何割かは確実に
それが本物の音楽であると錯覚している輩がいる。手に負えない支持者たち
がいるのである(そのほとんどが筋金入りときている!)。それでボクは仕方な
しにインテリぶってジャズに手を出さずには居られなくなったのだ。カントリー
音楽の熱心なリスナーであったと自負しているボクも、昨今のカントリー音楽
界には呆れている。あれは女性3人組のディキシー・チィックスがブッシュ大
統領と同じテキサス州の生まれであることを恥じる、というコメントを出した直
後にバッシングを受け、全米のカントリー・ステーションから締め出しを喰らい、
さらには彼女たちのアルバムの不買運動までもが大いに謳われた頃を境に
して、急激にカントリー音楽は魂を失っていった。代わりに見掛け倒しの偽善
者たちがこぞって愛国心を歌ってカントリーを踏み台にしていった。カントリー
は偉大なる国家のための歌ではなく、偉大なる日々を生きるふつうの人々の
ための歌でなければならなかったはずだが、アーティストらは本質を物の見事
に見失い、カントリー音楽を失墜させたのだった。そうして、いまボクが手にした
音楽はバド・パウエルの “ the scene changes ” であった。正真正銘ボク
が初めて買った記念すべきジャズ・アルバムとなった。『クレオパトラの夢』に魅
せられ、丹念に聴き入り、今宵いくばくかの悲観論はやがて精神を病んでいった
ピアニストがどこかに葬ってくれたのだろう。

(裕)
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by momiage_tea | 2005-10-31 22:59 | 石垣ゆうじ

読後、観ないことで見えたもの (10月30日) 

この日、ヴィム・ヴェンダース監督の『ランド・オブ・プレンティ』を観に行かなかった
のは、詩人・長田弘さんの講演(都立図書館主催「文字・活字文化フォーラム)を
拝聴してきたからである。

一冊の本を読み終えた後のような充足感が、新たな記憶をつくることを本能的に
拒んだのだ。長田さんの著作で、ボクの(いつでも取り出せる)愛蔵書となっている
本に『アメリカの心の歌』(岩波新書)がある。

その中に、「読んだ人と読まない人のこころのありようを違えてしまう本がある――」
と書かれた一節があるが、まさにそのことが当てはまるようなお話を聴かせて戴いた。
“読書という読む人と読まない人がいて成立している不確かな文化”こそがこの世で
最古の文化なのは、“人間が読書という行為とおなじく完全ではない生きモノ”だから
なのだという。

ボクなど学生時代はほとんど雑誌しか見なかったけれど、成人してから読書量が
増えてきている。モノを書くようになったのもその頃からだ。ただし、書物から知識を
得て、それなりの人生経験を得てもなおボクは人間として成長するどころか、より一
層不確かな存在になってきているようである・・・。

いずれにしても、ボクが長田さんの本と巡り会い、こうして長田さん本人に出逢えた
ことで、ボクの「こころのありよう」「こころの容量」というものがそれまでとは違えて
しまったのは間違いない。それは不確かな実感であり、不確かな記憶である。

そうしてボクは新しい記憶を詰め込むよりもまず、今こころのなかに仕舞いこんだ
ものを大切にしたかった。講演の後、すっかり暗くなった新宿の街をしばらく彷徨い
歩いていたのだが、この街が綺麗に思えたのは初めてのことだった。

(裕)
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by momiage_tea | 2005-10-30 21:56 | 石垣ゆうじ

ささめやゆき展~ぶりきの船に乗って~ (10月29日)

月刊文芸誌「すばる」の表紙を飾った作品や絵本「マルスさん
とマダムマルス」「幻燈サーカス」の原画など、いずれも親しい
作品の数々に、観るもモノの顔には自然と笑みが零れる・・・。
ささめやさんの作品には仰々しいところがないのがいいのだ。

ボクは光と影の世界が好きで、例えばプロレスの地方興行を
観るのを生き甲斐にしていた時期があった。リング上で眩いス
ポットライトを浴びたプロレスラーはいわば旅芸人である。己の
肉体を酷使し、観客をヒートアップさせる。そして彼らはまた次
の土地へと旅立ってゆくのだった・・・。

大男が巡業バスに揺られて会場を去った後には、重たく冷たい
照明の下で、リング屋がまだ場内の撤去作業に追われている。
観客がひとり残らず帰ってしまっても、リング屋のトラックがいな
くなるまではプロレス興行の幕は完全に下ろされた訳ではない。
聖なる一回性の余韻。祭りの後の寂しさ。空騒ぎの後の空虚だ。

しかし、それはプロレスというものを愛したひとりの人間の勝手
なストーカー行為の末の未練である。あるいは人一倍プロレス
というものを掌握しようとした挙句の果ての残骸だ。表も裏も愛し
てしまわなければならなかったのである。それを見届けることは、
ボクにとって不幸ではなく、むしろ幸福なことであった。

けれども、ボクのように物事を見つめすぎると、亡霊に憑かれて
しまって精神に障害をきたすことになるから注意が必要である。

その点、ささめやさんの作品には、雑誌「すばる」の表紙を担当
したことに関して本人が語っている――「プレッシャーもかかり
ました。ひん弱なイマジネーション、何も浮かばず、白い紙の前
でただただ絶望していたこともあります」――のような苦悩(影の
面)が観る側には決して伝わってこない。

サーカスや映画のような非日常の世界を描いても、灯かりが眩し
すぎることもなければ、暗闇に落ち込むということもない。彼の作
品を通じてボクらが受け取るのはただ、近しい友人のような親しさ
とほんのりとした耀さだけなのである。

(裕)
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by momiage_tea | 2005-10-29 08:32

月洗 (10月28日)

お月さんに洗われる お月さんに洗われる 
お月さんに洗われてゆく
さらさら きらきら ひらひらと 
お月さんに洗われる

そうして 静かに ボクの
眼からは雫が滴り 
頬をゆっくりとつたってゆくのだ

遠い遠いお月さんが いま ボクの肩口に降りてくる
お月さんが降りてくる お月さんが降りてくる
ひらひら しんしん こうこうと 
お月さんが降りてくる

そうして 静かに ボクは
あなたの寝息を聴くのです
丘に聳える松の木で 
夜鷹が孤独を愛するように

(裕)
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by momiage_tea | 2005-10-28 22:49 | 石垣ゆうじ

鬱蒼たる躁鬱の日々② (10月27日)

“旅に持っていく本!全263冊。”なるコピーに魅かれて
雑誌『BRUTUS』を買ってしまったが、旅に出る予定など
どこにもない。探している檀一雄の著作もボクとおんなじ
産まれ、74年モノとあってなかなか見つからないでいる。

ページを捲って有名人がどんな本を愛読しているのかと
覗いてみるのだが、ピンとくるものはまず皆無だ。きっと
ボクの狭量の狭さが原因なのだろう。ブコウスキーがい
っていた言葉が脳裏をよぎる。「わたしがもっとも影響を
受けている作家はわたし自身だ――」

影響を受けているのが自分自身だとしたら、そこからは
大した効能は期待できないではないか。クソ! かとい
って誰かに憧れるということがなくなってきたのはボクと
しては進歩と受け止めたいが・・・。

さて、千葉ロッテが日本シリーズを制したところでなんの
感動もない。ラジヲをひねってみてもこころを捉える音楽
はただのひとつもないときている。少しでもマシなものを
とクラシックをかけてみる。偉大なる音楽だ。しかし自分の
ための音楽ではないという思いを払拭してしまうことがで
きない。おそらくボクはなんらかの病気もちなのだろう。

(裕)
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by momiage_tea | 2005-10-27 11:50 | 石垣ゆうじ

鬱蒼たる躁鬱の日々① (10月26日)

ナオミがヨガを始めたのはヨガ・ブームの前であったし、
彼女がブームに踊らされている訳でないことはボクも
理解している。それでも、ヨガに関する情報やグッズが
巷に溢れかえっている状況は羨ましい限りである。

自分のやりたいこと(やっていること)と、時代がリンク
している人ほど幸せなものはない。ボクなど常に時代
に乗り遅れてきたか、あまりに先を行き過ぎているか
してきた人間である。いつでも少数派であることは、人
とツルむのが苦痛なボクにとっては喜ばしい限りだが、
あまりに度が過ぎると人は次第にひねくれてくる。

ボクがサッカーに夢中になっていたのは国立競技場に
300人ぐらい(しかも、そのほとんどが選手の身内)しか
お客さんが入らなかった時代だし、ブルージーンに自分
でアイロンをかけセンタープリーツ(折り目)を色落ちさせ
たりしていたのも、今ではお洒落として認められている
が、その昔は「スーツじゃないんだから・・・」と随分と笑
われたものである。

いずれにしても、である。きっとボクは学生運動が盛ん
な時代に青春期を過ごしても、ヘルメットにサングラス
姿で物騒な集会に参じている仲間を、喫茶店の隅から
冷ややかな視線で見つめていたに違いない。

(裕)
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by momiage_tea | 2005-10-26 22:51 | 石垣ゆうじ

移民の歌が聴こえる (10月25日)

中学校の卒業記念の寄せ書きに、戯曲家の萩原がボクに
宛てて書いてくれた言葉は一言、「超獣になれ!」であった。
「超獣」というのは“インテリジェンス・モンスター”と呼ばれた
新聞記者出身のプロレスラー、ブルーザー・ブロディのニッ
クネームだ。

ブロディとボクの似ているところといえば、気分屋で足首が
細いところと、モノを書くということぐらいであろうか?しかし、
中学生の頃は文章を書いていなかったし、プロレスは好き
だったが、ブロディのファンだと特別公言したこともなかった。

それにボクらが中学を卒業する何年も前に、ブロディはプエ
ルト・リコで仲間のレスラーから刺されて亡くなっていたので
ある。だからどうして萩原がボクに「超獣になれ!」などと書
いて寄こしたのか分からない。まして、萩原はプロレスに興
味はなかったのだから・・・。

分からないが、当時隆盛を誇っていたプロレス界のトップス
ターのなかでも独特な雰囲気と存在感があり、どこか寂しさ
を滲ませたブルーザー・ブロディのあだ名を仰せつかったこ
とは、ボクにとって喜びであった。だから30歳を過ぎた今で
も、その言葉をこうしておぼえているのだろう。

萩原は仙台の高校から東京の大学へ進学し、そのまま東京
の人となった。盆暮れも里帰りしなかった彼と10数年ぶりに
再会したのは、彼が再び仙台に住処を戻した2年前のことだ。
それも束の間、こんどは彼と入れ替わるようにしてボクが東京
へと移ることになったのだった。

そういえばブルーザー・ブロディの入場テーマ曲はレッド・ツェ
ッペリンの“移民の歌”であった。久しぶりに萩原から連絡を
もらったが、どうやら彼はまた東京で本格的に舞台の仕事に
復帰するつもりのようである。彼が上京してきたらボクはその
時、まだ東京にいるのであろうか?またすれ違うのだろうか?


 “移民の歌”が聴こえる。
 滅びゆく最後の種族の歌が。
 遠くからの便りが時を越えて甦る。
 あきらめるな、へこたれるな。
 お前が沈めばあの輝きも消える。
 風に揺らめくロウソクの炎か
 あるいは、木枯らしにしぶとく耐える守り柿か。
 寄せては返す波のように
 “移民の歌”が鳴り響く。
 今ではその歌に耳を傾けるものは
 あまりにも打ちひしがれている。

(裕)
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by momiage_tea | 2005-10-25 23:26 | 石垣ゆうじ

臆病者賛歌 (10月24日)

先日ナオミが会社をズル休みしたのをきっかけに、ディズニー・シーへと
連れて行かれた。ボクはジェットコースターの類は大の苦手であるから、
360度のループコースター、“レイジング・スピリッッツ”だけはナオミに懇願
して何とか回避してもらった。とはいえ“レイジング・スピリッツ”が完成する
以前は人気No,1を誇っていたという地底探索“センター・オブ・ジ・アース”
を避けることだけはできなかった・・・。

“センター・オブ・ジ・アース”なる45度の傾斜を落下していく乗り物を思うと、
ゆるゆるのアトラクションを体験しているときでさえ手に汗握る思いであった。
小船に揺られてアラブ世界を垣間見ているときにも、シンドバッドが巨人に対
して言い放った、「こっちへこい巨人よ!身体はデカイが臆病者か!?」という
台詞がボクをさらに萎縮させるのだった。(ボクは180cmの小さなガリバーだ)

さて、ボクも男だ。意を決して“センター・オブ・ジ・アース”の洞窟へと乗込んだ。
45度の傾斜を落下していく轟音と悲鳴がボクの鉄の意志をグラつかせる。何を
しゃべったのかはまったく記憶にないが、ナオミに「なに口数多くなってんの?」
と臆病癖を小バカにされたのは覚えている。程なくして人だかりに飲み込まれ、
ボクらは地下へと向かう秘密のエレベーターへと乗込むところであった・・・。

するとパッと照明が明るくなって、演出のアナウンスも消えてしまった。「事故か?」
誰しもがキョロキョロとあたりを見渡す。秘密の地下組織(・・・ではないな、ディズニ
ーなんだから)に扮したオペレーターの男は迷うことなくボクらをエレベーターへと
押し込んだ。「えー?えー?えー?」とうろたえるナオミ。ボクはまったく冷静で、辺り
の人間の様子を観察するのを愉しんだ。

エレベーター内の不穏な空気と共にボクらが地下に吐き出されると、そこには待ち
ぼうけを喰わされた群集がたくさんたむろしていた。「地震か?」「テロか?」「脱線か
?」と怯えるモノに混じり、早くもアトラクション休止を予見した娘が「なんかよこせ!」
とイラついた声を漏らしていた。オペレーターのリーダーと思しき女性は顔を強張らせ
、センターからの指示を無線でやりとりしているらしかった。

「安全装置が始動したために一時的にストップしております――」の場内説明は、次
に「本日の“センター・オブ・ジ・アース”の運行は中止となりました――」に変わった。
やれやれ。ボクらはやりきれない思いを胸に、奴隷のように重苦しい行列に加わり、
とぼとぼと案内員の指示に従った。出口ではどのアトラクションでも順番待ちをせず
に済むという優先券を貰ったが、ボクはこれに難癖をつけた。

優先券は確かにお得だが、これではディズニー側は痛し痒しで損得ゼロだ。いや、
この優先券は「次回の来園」の際に使えるモノだから、かえってディズニーが儲かる
ことになる。まったく世界のディズニーはセコイ!とはいえ緊張から解きほぐされた
ボクは「いや~残念だったなぁ」などと強がっては安堵からまたも饒舌になるのであ
った。

ナオミは“センター・オブ・ジ・アース”に乗れなかったからか、ボクが煩いから
なのか、しばらく肩を落としてしゃべらなくなった・・・。ディズニーに裏切られた
数少ない民なのだから仕方がない。ボクはそれでも南ヨーロッパの港町、ポルト
・パラディーゾの街をおぼろげに照らすお月様の美しさに魅せられて満足であっ
た。ディニーもぼんやりと佇むあのお月さんには勝てないのだと知って、ボクは
愉快でならなかったのだ。

(石垣ゆうじ)
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by momiage_tea | 2005-10-24 23:43 | 石垣ゆうじ

名勝負数え歌 ~千秋楽~ (10月23日)

<今日の取組と勝敗 / 10月23日(日)、PM20:50>

 ○石垣山(7勝8敗)×-荒浜◎(8勝7敗)●
    

   ・荒 浜  「内村プロジェクトみるの忘れてたや~。超ショックだ」

   ・石 垣  「やること自体知らなかったから、知って俺もショックだ」

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by momiage_tea | 2005-10-23 23:09 | 石垣ゆうじ

名勝負数え歌 ~十四日目~ (10月22日)

<今日の取組と勝敗 / 10月22日(土)、AM10:04>

 ○石垣山×(6勝8敗)-荒浜◎(8勝6敗)●
    

   ・石 垣  「地下鉄の座席に向かい合って、新旧の競馬狂が5、6人与太話に
           花を咲かせている。途絶えることのない週末ごとの夢物語。彼ら
           の夢が成就すること決してないのであるから・・・。それにしても、
           彼らはあれほどまでに競馬を知り尽くしているのに、何故にいとも
           簡単に馬券をスリ続けることができるのだろうか?きっと愚痴りな
           がら飲むガード下の味もひきたつのだろう」

   ・荒 浜  「超越すると金などいらなくなんだべな。口では儲けたいなどというが
           毎週土日に馬さえ走ってれば、同じような人々がいるとこに集えれ
           ば、それで満足なんだな。結果として、何事もその場所のかもし出
           す何ともいえない雰囲気というやつに魅かれるんだべな人間は。県
           スポ(※1)にしても両国にしても靖国にしても」
           
   ・石 垣  「靖国もか!ディープインパクトで決まりなのか?賭ける金もねぇぞわ」

   ・荒 浜  「鉄板も鉄板、地球3周してもデープ(競馬バカの表現)だ。俺からいわ
          せればやる気も失せる菊花賞だや。さて、じっくりヒモを探して仁(※2)」
          にメールしねぇとな」

   ・石 垣  「あの男は勝つ競馬しかやらねーからな」


      (※1) 県スポ ・・・ 県営宮城県スポーツセンター。古くから東北の殿堂として
                   プロレスや相撲、ボクシングの興行に使われてきた。全日本
                   女子バレーの試合で偶発的に発生したあの“ニッポン、ちゃ
                   ちゃちゃ”の応援はこの県スポが起源。音響の悪さはぴか一。
                   ふたりの精神育成に多大な影響を与えたこの施設も、来春
                   3月での閉鎖が決まっている。

      (※2) 仁 ・・・ 仙台商業高校時代に、荒浜、石垣と共に3馬鹿トリオを構成して
                 いた一人。ガチンコのプロレスで彼に敵うものはいない。深夜の
                 仙台駅で荒浜にジャイアントスリーパーをかけられて失神。たっ
                 た一人だけトウカイテイオーの有馬記念で大勝し、福島競馬場
                 で腰を抜かしてヒンシュクをかう。98年サッカー・フランスW杯
                 に石垣と参戦し、試合前から号泣するなどの逸話を持つ。横浜
                 在住。

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by momiage_tea | 2005-10-22 22:22 | 石垣ゆうじ


モノ書き石垣ゆうじとモノ描きTOMOt「もみあげ亭」二人による気まぐれ日記


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