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大丈夫です。面白いから。(6月30日)



村上春樹さんの著作に『‘THE SCRAP’~懐かしの一九八〇年代~』(文藝春秋)と
いうのがある。そのなかで彼は「東京ディズニーランド・プレヴュー」に参加したときのこ
とを記していて、開園前のまだ見ぬ「ディズニーランド」に対し、あれやこれやと詮索を
試みるのであったが、同行したイラストレーターの安西水丸さん――本国でディズニー
ランド体験済み――に「大丈夫です。面白いから」と、たしなめられた様子までもが報告
されていて、つい可笑しくなってしまうのだ。

とはいっても、いざディズニーランドに出向く段になってからボクはこの本をいちいち棚
から取り出してきては、安西さんの言葉を繰り返しつぶやいて自分を納得させようとした
のを白状せねばならない。ボクとて中学校の修学旅行やデートで何度かディズニーラ
ンドへ通ったことのあるクチだが、30歳を越えると気恥ずかしさや妙な気負いを感じて
身構えてしまうのであった。

この度ナオミ嬢からの要請もあり、久方ぶりに舞浜の地に降り立ったボクは、あらかじめ
スペースマウンテンへの乗車拒否を声高らかに宣言した。どうかあれだけは勘弁して欲
しい。もともとジェットコースターの類は大の苦手の人間であるからして、前回だまされて
スペースマウンテンとやらを初体験したボクは、恐怖や怒り、半狂乱の状態をはるかに
通り越し、しかるべき施設への入居を自ら懇願したほどである。(愉しめないのはイヤッ)

結論を申しますれば、やはりディズニーランドは面白いのでありました。スペースマウン
テンはなんとか回避したボクではあったが、ついぞスプラシュマウンテンからは逃げきれ
なかった。ナオミの前説にビビッてしまったボクは、コース途中であまりの恐怖に笑い転
げるという失態を犯したけれど、終わってみればあの滝つぼへの急降下は――無様なス
ナップ写真(ご存知?)さえなければ、もう一度試してみてもいいかなぁ、と思うぐらいだ。

実際のところ、園内での記念撮影は一切禁止すべきなのである。ディズニーランドの思
い出は、銘々の心の中にある、‘THE SCRAP’でもって眺め返せばよいのであるから。
(う~む、次回はディズニーシーへ行こう!)


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            ビバ!! 初スプラッシュマウンテン


■□
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by momiage_tea | 2005-06-30 19:21 | ゆうじ × TOMOt

ボナフェ、ボナフェ、ボナフェ。(6月27日)

フランスのシラク大統領をして、「成熟の赤という色を祝福しているかのようだ」
と称された画家のロジェ・ボナフェ(73)。どんな因果関係があったにせよ、この
度来日したボナフェにボクはすっかり嫌われてしまったようである。

6月23日の木曜日、銀座の西村画廊での樋口佳絵展『・・・24℃・・・』(~7月
9日迄開催)を観た帰り道であった。煉瓦亭でそれぞれオムライスとグリルドチ
キンを注文したボク達は、料理に舌鼓をうちながらも、樋口さんの絵がふたり
の心をどれほど捉えたか、それを踏まえてボクらはこれからどんな仕事にか
からなければならないかについて大いに議論しあっていた。

さっそくこの夜、仕事を手がけようとしていた相棒の絵描きを引きとめて、ボク
らは議論のつづきに講じようとカフェ・ド・ランブルに向け歩き始めていた。すると
目的地に到着するすこし手前のとある画廊で、ばったりとその作品に出逢った
のである。一目惚れであった。

路地裏の通りに面して二枚の絵が飾られていた。一枚は平凡な片田舎を描い
た風景画であり、もう一枚は道化師がチョウチョをネクタイ代わりにしてピエロに
特有な微笑みをもらしているいわば人物画である。

一枚は、冒頭のシラク大統領の賛辞のとおり、熟れたトマトの赤の印象的な調べ
が、なんの変哲もないこの地方の――この世の果てを思わせる土地に、摩訶不
思議な情熱(生命力)を凝縮させて存分に根ざしているのであった。

もう一枚は――相棒の絵描きによれば――ボクそのものが描かれていた(なん
ということか!)。片方の眉をつり上げて意味ありげにほくそ笑むピエロは、実は、
人の道を化かす悪人ではなくて、滑稽な自分を演じることで人を道徳的に踏み
外さぬようにと諭す善人であるはずなのだが・・・。

我が相棒ときたら、ピエロの仮面の裏側に潜む邪悪な人間性を見透かしてその
ピエロがボクに似ている、いやボクそのものだというのであるから困ったものなの
だ。しかし、いわれた本人もそれを否定するどころか、むしろまんざらでもない気
分に浸ってニヤけているのだから救いようがない。

それはさておき、そのニつの作品の奥で待ち受けていたはずのロジェ・ボナフェ
の作品群と、ボクらは挨拶を交わすことができなかった。どうやら画廊は店じま
いされた後のようであったから、ボクと相棒はショーウィンドウ越しに手をはわせ
、しげしげとトランペットを見つめる黒人少年よろしく、銀座の路地裏の画廊前で
ただひたすら立ち往生するよりなかったのである・・・。

その3日後だ。プロ野球の元巨人軍の名選手である千葉茂さんが考案したとさ
れる、グリルスイスの(まさに)元祖カツカレーを食しに再び銀座に出向いた際、
ボクはもう一度あのボナフェの作品と接触をはからんと例の画廊を訪ねてみた
のだった。休廊。万事休す――。

おもい足取りで日曜の銀座をひたひた歩いていると、またしてもロジェ・ボナフェ
は現われたのだった。広大な赤い空と赤い屋根、それに背筋がピンと伸びた糸杉
が二本の立ち並ぶ田園の風景――。でかでかと掲げられたそのポスターの右下
には「南仏の太陽」と記されていた。なんとロジェ・ボナフェの来日記念展の告知
ではないか!

よく見ればきょう26日迄開催とある。急がねば!ポスターの片隅に表示された地図
で場所を確認すると、ボクは勇んで会場に駆け込んだ。すると白い手袋をはめた支
配人がやってきてボクを制する――その老紳士の肩越しにはボナフェその人の姿を
みたような気がした――「本日の展示は16:00で終了でございます。ムシュ」

腕時計を見やると「16:23」だった・・・。「成熟の赤」がこれほど忌々しく見えたこと
はなかったかもしれない。ボナフェよ、また逢おう。ボクはピエロの顔に薄ら笑いを
浮かべ、蝶ネクタイを探しに銀座の街へと姿を消した。

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by momiage_tea | 2005-06-27 05:22 | 石垣ゆうじ

伝統芸能プロレス。(6月26日)

昨夜、テレビ朝日で『坂口征二・憲二親子プロレスの旅~僕の中のリング~』
という番組を見た。元プロレスラーの坂口征二がかつて米国武者修行時代に
訪れた土地とゆかりの人物を訪ね歩き、息子で俳優の坂口憲二がその父が愛
したプロレスの魅力をひも解くという内容であった。

ひとつの紀行番組としても十分楽しめたが、古くからのプロレスファンを納得さ
せるだけのメンツが登場して、ボクもプロレスというものを改めて再評価するに
至ったわけである。

元NWA世界ヘビー級チャンピオンとして、永くプロレス界のトップに君臨しつづ
けた伝説のレスラー、ハリー・レイス。プロレスラー養成スクールを主宰する彼
に、レスラーとして大事なことを訊ねるとレイスは「タフに戦い、安全にやること」
と答えていた。

プロレスの「神様」と謳われた81歳のカール・ゴッチは今でも現役レスラーから怖
れられる泣く子も黙る鬼軍曹であるが、興味本位の坂口憲二にひと通りのトレー
ニング法を伝授した後で、「レスラーというものがわかったか――?」と、「ハイ」と
返事せざるを得ない無茶なシゴきでを素人をいたぶるあたりはさすがであった(笑)。

往年の名レスラーで、レイスと同じくレスリング学校を運営するスティーヴ・カーン
の教えも単純なものだった。「他のレスラーとは違うこと」が重要だと彼はいった。
「観客に覚えられることだ」といって、若い生徒に観客に伝わる「痛がり方」を指導
してみせるのだった。

63歳になっても未だにリングに上がり続けるドリー・ファンク・ジュニアはその理由
を「楽しいから」だといった。「(一生)辞めないかもしれないよ」といって清々しく笑っ
てみせた彼の表情がたまらなく素敵に思えた。

番組の最後にレスラーやファンや関係者たちが「自分にとってのプロレス」を表現
してくれた。「人生」「情熱」「欲望」「たくさんの男がマッチョになっていく所」「楽しい
時間」「自分そのもの」「素晴らしい旅」「存在意義」「夢」「輪廻転生」「酒のつまみ」
「アート」「人間ドラマ」「なくてはならないも」「エキサイティング」「タフな心」「肉体の
ぶつかりあい」「生き方」・・・・。

その中でボクがハッとする言葉があった。明日のスターを夢見るグリーンボーイの
ひとりがいった「伝統」というのがそれだ。「伝統」。どんなに闘いのスタイルや環境
や時代が変わっても、幾度となく繰り返されるリング上のレスラーと観客との共同
作業――非日常の空間の創造――すなわちプロレスは、「伝統」という重々しい単
語に集約されてしかるべき価値あるものだろうとボクは思う。

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by momiage_tea | 2005-06-26 13:56 | 石垣ゆうじ

『も』は もみあげ の『も』   by トモッと

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みみずく・ボーは自己嫌悪におちいっていた。
カレは、夜間警備の仕事を己のプライドにおいて長年忠実にまっとう
してきたみみずくのなかのみみずくだ。しかし、近年多発するもろもろ
の事件の責任はただひとり、みみずく・ボーの職務の怠慢とみなされ
ていたのである。

きのう、もみあげ星の南西に位置する自然保護地区――「エヴァンジェ
リン」において勃発した――山賊カラスによるヤマネ(山ネズミ)の坊や
誘拐未遂事件の折にも、『サイドバーン・トリビューン』紙の取材に応じた
タヌキのおかみさんは、「みみずく・ボーときたら、二日酔いの千鳥足で
飛ぶこともできずにそこいらじゅうをずっとフラついてまわっていたのさ!」
とコメントした。

みみずく・ボーはしらふでっあった。それどころか酒の一滴も、タバコ
も、早朝のジョッギングもやらないかわりに、勤勉な読書家のカレは、
その日、ぶ厚い哲学書をまるまる3章も読み終えていたのである。

みみずく・ボーは、己の潔白を晴らさんべきか思案し、近眼のワイフ
に相談を持ちかけてみた。ところがワイフは、ただ旦那の打ち明け話
をだまりこくって聞きあげただけで、なにも口にすることなくそっとソフ
ァをたったのだった。

ボーはひどく狼狽した。「ついに愛する伴侶にまで裏切られたか!」
するとボーはふたたびワイフの足音、いや、羽音を聞いた。彼女の脇に
はその日の朝刊がはさまれていた。「あなた、たまには夜勤明けにも新
聞に目を通したらよろしいんじゃないこと――?」

ボーがさし出された朝刊――『サイドバーン・トリビューン』紙をひらいて
みると、その一面には、“ボクのヒーローはボーおじさん!”の見出しと
ともに、おすまし顔のヤマネの坊やの写真がのっていたのである。ボー
はその記事をしばらく見つめると、寝不足で充血した眼をさらにはらして
ボロボロと泣いた。

「おやまぁ、このひとったら・・・」近眼のワイフはまるで子どもをあやすか
のように彼女の肩で咽び泣く、愛おしい旦那の背中をさすりつづけた。


絵=トモッと
文=石垣ゆうじ
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by momiage_tea | 2005-06-25 01:31 | ゆうじ × TOMOt

『も』は もみあげ の『も』   by トモッと





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収録が終わってから、意味もなく仙台の夜を走り回るのが好きだった。
生放送のときにはラジオ局のスタッフが録音してくれたMDやカセットテ
ープを響かせて、金曜の仙台の繁華街をかるく二周はしたものだった。

録音のときにはMDやカセットテープで番組を聴くよりも胸が高まった。
なにせ、カーラジオの周波数を自らの手でチューニングするのだから。
収録を終えた安堵とスタジオからひき連れてきた高揚感を助手席に乗せ、
お気に入りの局のお気に入りの番組――「アメリカン・ミュージック・ラン
チ」――のオープニングに耳を澄ませるのだ。

DJの元木さん(旅行代理店支店長。米国カントリー・ミュージック協会
会員)が、ウルフマン・ジャックばりのシワガレ声で仙台市民に遅い挨拶
を投げかけると、かげりを見せかけた仙台の街がもう一度、夜をやり直
そうと活気を取り戻すように思えたものだ。

その親しくもおどけた声が、曲に息吹を与えるきっかけとなり、ボクはその
放送を聴くと車をかっ飛ばしてどこへでも行ってしまえそうに思えたものだ
った。と同時に、ずっとこの街でこの素敵な金曜の夜を幾晩も過ごしたいと
も思ったものだ。

助手席に乗せた見えない影は、彼女や悪友に立ち退きを迫られることもあ
った。けれどもボクは断固としてそれを拒否した。見えない影はボクと信頼
以上のなにかでつながっていたから、後部座席への移動も快く引き受けて
くれたものだ。(そのためボクは帰り道でひとり淋しい思いをせずに済んだ)

ラジオから流れてくる音色は、ボクの部屋でボクのためだけに演るのよりもず
っと、歌うこと、演奏することが愉しくて仕方がないように思えた。彼らの実力
からすれば、より多くの聴衆の前でそれを披露することは当然のことだったし、
彼らを発掘したボクとしても彼らが世に巣立っていくことは自慢であったのだ。

「悲しいときは悲しく、嬉しいときには嬉しくやればいいの」とK.T.オズリンは
教えてくれた。ボブ・ウィリスが彼のバンドに「顔は笑顔であとは死ぬ気で演
奏しろ!」と指示するのを聴いたときには、その誇りに感謝さえした。

ラジオを捻って聴こえてくるのは、聴くもの1人ひとりにとっての慰め、怒り、
歓び、嘆き、哀しみや励ましでなければならないが、わたしたちは、どこかの
ラジオの前で耳を傾けてくれる者たちの心に、そっと笑顔がつたっていくよう
にと細心の配慮を心がけてきたという自負がある。

それをこそ何でもござれだった。結婚式の二次会のパーティ会場からのリク
エストにも、死んだ婆ちゃんへ捧げる曲のリクエストにも即刻対応してみせた
ものだった。

なにより、DJの元木さん、技術の広瀬さん、笑い屋の嵐田夫妻、そして選曲
のボクにとってもこの「アメリカン・ミュージック・ランチ」の収録スタジオのある
(仙台市若林区)土樋へと脚を運ぶことは――帰り道にカーラジオを捻ると聴
こえてくるその日の成果にありつくことは――金曜の夜に酒を傾け合うことより
も、愉しくて掛け替えのないひとときであったのだ。


(『サイドバーン・トリビューン』紙――コラム「失われいゆく種族の詩」より掲載)

 絵=トモッと
 文=石垣ゆうじ
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by momiage_tea | 2005-06-22 16:29 | ゆうじ × TOMOt

吉田拓郎さんの『制服』を聴きながら・・・。(6月21日)


『自画像(ポール・ゴーガンに捧ぐ)』――1888年9月(アルル時代)

数あるゴッホの自画像のなかでも、もっとも神経に病んだ癇癪持ち丸出しの表情を
たたえた絵がある。淡水の湖のような乳白色がかった緑色を背景に、うたがい深げ
な顔をした男が――ほとんど坊主頭でオレンジ色の口髭を蓄えて――英和中辞典
の表皮みたいなアズキ色のジャケットに身を包んでいる。

その右目は実直ながらも、己の真摯な行ないの日々にも疑問を抱くしかない哀しげ
な目を、左目は指でまぶたを突っ張らせてるわけでもないのに鋭く尖っていて、自分
を画家として認めようとしない世間への軽蔑と、冷めた眼差しとが同居する、極めて
乱暴な眼差しがあるのだった。

ゴッホはよくも自分を憐れむこともせず、最後までこの絵を描き上げたものだ。そこ
までして自分の仕事に正直であろうとした彼の心情を思うとき、ボクは心にこみ上げ
てくるものを感じて目頭が熱くなる。

さらに涙が零れんばかりの切ない、いや、憂うつな気分に襲われるのは、そのゴッホの
狂気をはらんだ表情とボク自身の顔ツキが――ズバリ一致をみせるときがあることで
ある。「オレもついにここまできたか――」と深い落胆にくれるよりも、自分を平静に保つ
ためにも、「オレもゴッホの域にまでようやく近づいてきたかぁ!」と何だかわからない
明るさで納得してみた方が得策であろうと思う。

しかし、そうやって自分をゴッホ並みに持ち上げてみたまではよかったが、友人から
カル~い口調で、「耳を切らないように気をつけなさいよ!」などと励ましを受けると
胸のうちで「そういうことか」とつぶやくだけで、返す言葉も見つからないのであった。



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by momiage_tea | 2005-06-22 00:28 | ゆうじ × TOMOt

映画『大いなる休暇』について。(6月19日)

ダルくてどうしようもなかったが、このままではせっかくの休暇を台無しにしてしまうと
思い、慌てて銀座へ出かけて映画『大いなる休暇』(04年・カナダ)を観てきた。

劇場を後にしても、残り香のように心にそっとその印象を染みこませたのは、この映画
のキーウーマンとして脇を固めたルーシー・ローリアだった。男臭い老優を揃えたキャス
ティングにおいて、彼女の美貌は――サントマリ・ラモデルヌ島を訪れた、クリストファー
医師(ディビッド・ブータン)にとってもそうだったように、まさに一服の清涼剤であった。や
っぱり映画にはマドンナ役が必要不可欠なようである。

カナダ・ケベック州の孤島、サントマリ・ラモデルヌ島は漁業もすっかり廃れてしまい、人
口125人の食いっぷちはいまや失業保険だけが頼り。せっかく湧いて出たプラスチック
工場誘致の話も、その条件である在島医師の確保を果たせぬままだ。そんな島の危
機をジェルマン新町長(レイモン・プシャール)の下、島民が一致団結して「ウソ」を演じ
ることで、本土からやってきたクリストファー医師を引き止めようとするのであったが・・・。

島の住民がひとつの目標に向かって躍起になっているさなか、ただひとり我関せずの態
度で岸辺でヨーガに耽っていたのが、ルーシー・ローリア演じるエヴという女性なのだ。
島の小さな郵便局に行列をつくる失業者たちに、支給資格証を手渡すエヴの姿を見
て、ボクは映画『ムーンライト・マイル』に出演したエレン・ポンペオを思い出した(そうい
や、彼女の役柄も郵便局員であった)。

『ムーンライト・マイル』では、ジェイク・ギレンホール、ダスティン・ホフマン、スーザン・
サランドンという三大スターが競演したことばかりが取り上げられて、無名のエレン・ポ
ンペオの存在はまったく蔑ろにされてしまっていた。こんなことがあってはならないという
意味も込めて、あえてこの場では当時ボクが記した『ムーンライト・マイル』のエレン評を
掲載させてもらいたい――。

“――この映画の隠れた名曲、エレン・ポンペオ。彼女の奏でる楽曲に詞はいらない。
この映画の重要な4人のキャラの中で、実はもっとも語られなければならなかったのが
バーディ役を演じたエレン・ポンペオだった。郵便局員の彼女が手紙を棚に仕訳けて
いるときの表情。ケンカをしていたジョーから75通もの手紙を受け取ったときの表情。
どうして誰も彼女に気づかないのだろうか――?”(03年7月13日記)

『ムーンライト・マイル』という題名は、ローリング・ストーンズの71年のアルバムに収録さ
れていた、いわば忘れ去られていた名曲のタイトルだが、それに倣ってボクは、舞台やテ
レビで活躍していたエレン・ポンペオのことを「B面女優」と称した。ルーシー・ローリアも
そんな存在なのだといいたい訳ではないが、『大いなる休暇』での彼女の登場シーンは
そう頻繁にはない。だからこそボクは、彼女のことを余計にプッシュしたくなるのである。

さて、ボクのお気に入りを最後にもうひとつだけ紹介しておこう。それはジェルマン新町長
の演説である。彼は再三にわたり島の教会に住民を集めては、どうしたら、街からやって
きたドクターに島に居ついてくれるようになるかを力説してみせるのだが、その内容ときた
ら、無理難題や理不尽きわまりないものばかりなのである。それでも島民はみんな町長
の語りっぷりにやり込められてしまうのだった。

生き方は正反対であったとしても、さぞかしヒトラーやキング牧師はどはどちらも万人を
魅了するだけの立派な演説を披露したのであろう・・・。その調べたるや、広場に詰め掛
けた民衆にとっては『大いなる休暇』に匹敵するものだったに違いない。

(文=石垣ゆうじ)
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by momiage_tea | 2005-06-19 23:38 | 石垣ゆうじ

もみあげを見る眼。6月18日(土)石垣ゆうじ記す。

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あらかじめなくされたパズルのピースを拾い集める作業から始まった。
『カフェ・ラグタイム』――飯田橋の夜。

まるで記憶されることを怖れるかのように、歌うたいは放たれた呪文
を呪文でかき消しながら、それぞれの聴衆のこころにピースをはめ込
んでいった。それは不意に、途端に、でたらめに、さも計算しつくされ
たかのような気遣いをはらんで、まやかしにも似た魔女の気まぐれな
――杖のひとふりだった。

アール・デコの娘は、むしろ飾り気のない内気な美しさを漂わせたま
ま、視線を合わせずに心を通わせる不思議な笑顔をのこして改札
口へと消えていった。ドレスデン国立美術館展の切符をありがとう。

面影を垣間見せることもなく、それでも同窓のよしみを滲ませて、
昔のわたしじゃないのよと表情がいっていた。そんなことないのに。
決してそんなことはないのに。両手の握手をありがとう。

同僚の普段着は、慎ましい自信を肩に乗せ、ウッドベースの音色
に揺れていた。「石さん、そんぐらいでいいんですよ!」といっていた。
歳下の先輩は、タバコを優しくくゆらせて「石さん、いい加減に親友
に“格下げ”してくださいよ」といっていた。

ナオミは、金曜の夜をもう一度やり直そうとした。いや、正確には引
き伸ばそうとした。それを蹴ったのはボクだった。きっと悪いのはいつ
だってボクの方なのだ。休ませて欲しいといったのはボクなのに、キミ
は先に眠ってしまっていた。どうか許して欲しい。

■文/石垣ゆうじ  
□写真/トモット (Alaska/Dulton Way上空)
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by momiage_tea | 2005-06-18 01:52 | ゆうじ × TOMOt

もみあげを見る眼。6月17日(金)石垣ゆうじ記す。

《プロローグ》

ボクは梅雨の只中に生まれた人間であるからして、ジメジメすること
が多い性分である。それでも降りつづける雨にもめげず、むしろズブ
濡れになってうたい踊るジーン・ケリーの逞しい明るさを、壁肌をつた
い這って生きているカタツムリに見出し、この憂うつな季節をなんとか
乗りきろうとしているのである。

大好きなカントリー・ミュージックの比喩として語った、時の大統領、
ジョージ・ブッシュ(親父さんの方)によればホワイトハウスの執務室
には「虹を見たくば、雨に佇む」と刻まれた机が設置されてるらしい。
こういう話をきくと、ボクもカタツムリのように逆境(?)においてこそ、
強く生きていかねばならぬのだと襟を正す思いになる。


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しとしと。じめじめ。
じめじめ。しとしと。

ナナは縁側から灰色にくもった空を見つめていました。
「今晩はお散歩できるのかしらん?」

ナナはとっても水に濡れるのが大きらいなオテンバお嬢さんなので、
ぴょんこ、ぴょんことお外を駆けまわれるか、とても心配でなりません。
けれども、夕方になるとポツリ、またポツリと雨つぶが落ちてきました。

小鳥たちは大きな樹の枝にとまって羽を休めたあとでしたし、蟻さん
やミツバチさんたちも、お仕事を終えてマイ・スウィート・ホームでゆっくり
くつろぎ始めるところでした。

ナナは、カエルさんたちが6月の梅雨闇の夜をひとり占めした歓喜を、
オペラで合唱しはじめるのを聴くと、いつもノイローゼになります。

今夜はおしっこを我慢して、まぶたの裏でお散歩をする夢でも見よう。
ナナがタンスの抽斗(ひきだし)でできたお部屋にもどろうとしたそのとき
でした。

「ほら行くぞ、ナナ!」

ご主人のその声を聴くと、ナナはロールパンみたいにくるんと巻いた
しっぽを、ほんのちょっとだけゆさゆさと揺らしてみせました。それでも、
ツタツタ、ツタツタと地面にしたたる雨音を確認すると、あからさまに
ご主人の誘いを無視するのでした。

ナナは、アンモナイトの化石のように丸まって、うわ目づかいでチロッ
とご主人の様子をうかがっておりましたが、ご主人は、ナナがふて寝
をしていることを知っていたいたので、黙ってナナの首輪にお散歩用
のリールを括りつけるのでした。

ご主人が人さらいのような甘い声をかけてくるので、ナナはなおのこと
警戒心を強化してアンモナイトに徹するのでしたが、ご主人の右手に
ちらりと見えかくれする、おやつバーの誘惑にはとてもかないません。

口におやつをくわえたままのナナは、気がつくと雨の中を駆けていました。
最初のうちはいやいやだったナナでしたが、たくさんの雨水がたくさんの
小川をつくっていきおいよく流れていくのや、いつもより草のいい匂いが
ただよってくることがわかると、次第にご機嫌になるのでした。

お散歩の途中でぶるぶるっとやると、なぜかご主人は「やめとくれ」と
悲鳴をあげるので、ナナはだまされて散歩につれてこられたお返しが
できたようで、おかしくてたまりません。

もう少しでお部屋にたどりつくというところでした。ナナがすっきりした
顔で三軒となりのお宅の前をとことこと歩いていると、塀にちっちゃな
アンモナイトがいるのを発見しました。

ナナがクンクンとそのちっこいのを偵察していると、ご主人が「そいつは
カタツムリというのだよ」と教えてくれました。

そのカタツムリとやらは恥ずかしがり屋さんらしく、ナナが鼻先でご挨拶
すると、モジモジして殻に閉じこもるのでした。

でもナナは、カタツムリとはいいお友だちになれそうだと思いました。
なにせカタツムリは誰よりも雨の素晴らしさを知っているように思えた
からです。

ナナはこの次には、このお友だちと一緒に雨のあとにサラサラと輝く
大きな大きな虹を見てみたいと思うのでした。     (おしまい)

■文/石垣ゆうじ 
□絵/トモっト
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by momiage_tea | 2005-06-17 06:54 | ゆうじ × TOMOt

もみあげを見る眼。6月17日(金)石垣ゆうじ記す。

「お陰様で次女が(生まれ)家族入りしました」と、おめでたい知らせを
報告してくる友がいれば、そのあくる日には「来月でパン屋がなくなる。
また無職。せちがらい世の中ですなぁ・・・」などと侘しい知らせをくれる
友もいる。

そもそもボクは薄情な男であるから、こういった親友の悲喜こもごもに
接しても、ただ、ケ・セラセラなとても愉快な気分に浸りきっているだけ
なのである。が、しかし・・・。

大海や星夜を眺めやって「自分の存在や悩みなんて大したもんでは
ない」などと、おセンチな自己回復術をいちいち駆使する必要もなく、
ボクにとって友人たちの動向――成功や挫折――は常にボクを励ま
してくれる貴重なバロメーター的存在でもあるわけだ。

「オレもあいつにゃ負けてられん」とか「なんだオレもまだ大丈夫だべや」
なんて安っぽい焦りや安堵をくりかえしつつも、彼らはボクにとって――
己の生活における微々たる軌道修正の機会を与えてくれる、欠くこと
のできない宝物なのである。

可能ならば、ボクもいつまでも燻っていないで、そんな盟友たちの心を
温めて、潤して、燃やしてあげられるくらいの「かがり火」みたいな人間
になりたいものだ。(本当にだ)

こんな赤面ものの恥ずかしい文章はボクとて書きたくないのだ。(本当だ)
それに読者諸君もちっとも読みたいとは思わないであろうが、こうしてたま
には、ボクにも純粋な気持ちのかけらが残されているということをお伝えし
ておくのも決して悪いことではいと思うのだ。

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by momiage_tea | 2005-06-17 06:34 | 石垣ゆうじ


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