カテゴリ:ゆうじ × TOMOt( 234 )

コーン・ウイスキー

“――お上に反抗して自分たちの思い溢れるムーン・シャイニング・ウイスキーを造りつづける
 人たちに思いを寄せたくなるとき、ぼくは、〈ジョージア・ムーン〉を開ける。この無色透明の
 コーン・ウイスキーは一〇〇プルーフ。茶色いザラ紙のようなラベルには“Less than 30
days old”とある。エイジング三十日以下。そして裏には“The Secret of the Georgia
Hills”と書かれてある。楽しんで造り、それをまた楽しんで買って飲んでいる人たちがいること
 を教えてくれる。”                    (東理夫 『ケンタッキー・バーボン紀行』)


“ムーン・シャイニング”とは、月明かりを頼りに酒づくりに励む密造酒づくりと同じ意味である。
エイジング(熟成)30日以下だから、ウイスキー独特のあの琥珀色が木樽から溶け出ること
もなく、当然のように無色透明のまま瓶詰めされるわけだ。〈ジョージア・ムーン〉は大してうま
くもない酒だ。しかし、開口部がやたらとひろく、梅でも漬けておくのにちょうどよい750mの大
瓶の大胆不敵さと、反対に子どもの絵本から抜け出てきたみたいな可愛らしい字体のラベル
とに魅せられて、ついぞこの酒を手に取りたくなってしまう。

東日本大震災に見舞われた翌日、わたしはわざわざ上京して、映画『GONZO』(~ならず者
ジャーナリスト、ハンター・S・トンプソンのすべて~)を観に行くはずだった。それが震災から
六〇日足らず経って、仙台の劇場でこのドキュメンタリー作品を観ることになろうとは・・・・・・。
ハンター・S・トンプソンがモノ書きとして頭角を現しはじめたのは、60年代後半のベトナム反戦
の時期で、具体的には68年シカゴの民主党全国大会における、警官によるデモ鎮圧と、そこ
でハンター自身が体験したアメリカン・ドリームへの絶望が発端だった。

わたしにはスクリーンに映し出された、警官隊に撲殺される若者たちと騒然とするシカゴの町並
みが、一時スラム街と化した石巻の光景とだぶってみえてしまった。無論、比較すべき状況下
にすらないのはわかっている。しかし、自衛隊の車輌と被災者が行き交う渡波地区の絶望的な
ランドスケープを前に、その土地で暮らす人びとの情念だけがしかと目の前で渦巻いていること
に、わたしはただひるむしかなかったのだった。筆舌に尽くし難い惨状――。ところがどっこい、
生き残った人びとは、自然にいたずらに翻弄されながら、それでもあてのない息吹を放つのだ
ということを知らされた。

ハンター・トンプソンが絶望の淵でペンを執ったように、もはやわたしも書かなければならない。
〈ジョージア・ムーン〉には雲が立ち込め、夜半過ぎには宮城峡にも雨をもたらすことだろう。だが、
おなじコーン・ウイスキーでも我が故郷のそれはエイジング12年、蒸留所でしか手に入らない〈シ
ングル・カフェ・グレーン〉だ。ただアルコール度数が強いだけのブレンド・ウイスキーの単なる隠し
味ではない。映画『GONZO』をいま仙台で観れたのはわたしにとって幸運なことだった。たとえ、
それが月明かりのもとで造られた出来合いの代物であったにせよ、わたしはまたこの土地で人生
を味わい、その妙味を書きつづけるしかないのである。

(文=石垣ゆうじ)
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(絵=TOMOt)
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by momiage_tea | 2011-05-09 23:55 | ゆうじ × TOMOt

PRAY FOR OUR FRIENDS!! WE NEVER GIVE UP!!

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震災で命をおとした多くの魂へ

今この瞬間も被災地で恐怖の夜を過ごしているひとたちへ

寝る時間も惜しんで救助や支援活動をおこなっているひとたちへ

余震や停電の不安のなか、じぶんたちの出来ることをさがすひとたちへ

世界の至るところから祈りをおくってくれているひとたちへ

すべてのかけがえない友人たちへ




PRAY FOR OUR FRIENDS!!

WE NEVER GIVE UP!!



もの描き TOMOt



---------------------------------------------------------------------

東北人が辛抱強いというのは、うそです。
辛抱することに慣れすぎているだけなのです。
だけど、思ってるよりも、東北人は強いから。
だいじょうぶ、と強がらせて下さい。
そして東北人は強くて、優しいから、
助けて下さい、と素直にいいます。

私たちはここに住みつづけます。
この土地には私たちのすべてがあり、
照れ隠しのその裏に、深い愛情をいだいています。
私たちの決断は、政府やどこぞのお偉方よりも
はるかに迅速です。やるかやらないか、
ただ、それだけなのですから。

茨城も、新潟や長野も、静岡のことも心配です。
放射能が届いた関東の人たちのことも、気がかりでなりません。
そんな気がかりな人たちが、私たちのことを気遣い、
励まし、勇気づけ、温めてくれていることに、
私たちは心の底から感謝しています。
その気持ちと行動が、ただただ、うれしい。

どん底にいるとき、人は神のいちばんそばにいる、
というのはほんとうだ。ただし、神はもう信じていないけれど。
私が信じているのは、父、母、洋子、ベル、そしてあなただ。
それにこの土地と、自分のこともまだ信じている。
失くしたものは多い。そこへ戻ってもあのときみた光景はもうないのだから。
町並みが、郷土の味が、海や山の匂い、それに人びとの笑顔が。

取り戻したものもある。それはたくさん失くしてしまってもまだ、
人びとのなかに残った大切ななにかだ。あるいは芽生えたなにかだ。
それでも、なかには、与えようとせず、奪おうとするものがいる。
「チクショウ」と瓦礫に向かって叫んだ海のおやじの無念が、
そういう人たちには決してみえないのだ。みようとしないからだ。
私たちはいま、目を反らさずにみなければならないのではないか。
暮らしを、気持ちを、不自由さを、言葉を、希望を、明日を、
そして諦めないこころを。

(3/16/2011)
文=石垣ゆうじ
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by momiage_tea | 2011-03-16 10:29 | ゆうじ × TOMOt

美しき世界

小さなことをいってもはじまらない。もうウジウジするのはやめにしよう。旅の身支度をととのえておく
ことだ。日本の経済は上向くことがないだろう。生活の水準を落とす、あるいは切り詰めるというのと、
生活をシンプルかつ洗練されたものにすることはちがうのだ。早起きして新鮮な空気を吸う。元気な
相棒と走る。小径に落葉色の陽が浮かぶ。木に挨拶をする。人のいない風景をもつ朝の時間をじぶ
んに守ること。それで一日の充填は賄われるのだ。朝の散歩をしながらつくづく思うのは、私が生き、
知っている世界は実にせまい範囲に限られているということだ。そしてその限られた界隈においても
いまだ足を踏み入れたことのない視界が残されており、そこはいつでも私の秘密の場所となりえるの
だった。どこをどう切り取ってみてもうつくしい。ふるい木があり、あたらしい木があり、枯れ葉をぬって
新芽が顔をのぞかせるひらけた公園がある。並木道、小径、煉瓦づくりの記念館や大学棟の厳かな
佇まい。斬新で開放的なカフェは大学にだけあるのがもったいない。塗れたアスファルトに信号の点
滅がにじみ、裸木の梢(こずえ)には守り柿のように一羽の雀が停まっている。

そう、きのうは鷲をみた。彼もまた柳の木に停まり、首をかしいで私と相棒のベルが通り過ぎてゆく
のを偵察していたものだった。私はその鷲とつながりたいと思った。最後の種族の生き残りとして、
彼の孤高を共有したいと願ったのだ。彼は私たちの存在を気にとめながら同時に気づかぬ素振りも
みせていた。そういうことだな、と私は思う。“※――つまり、「ひとりでほっておいてもらう権利」こそ
ウィリアム・ダグラスという学者によれば「いろいろな権利」のうちでもっとも包括的なものであり。文
明化した人間にとっては最高の価値をもつ権利なのだ(ウィリアム・O・ダグラス著『基本的人権』)”
――“文明化した人間にとって”というのが笑わせてくれるが、鷲のその存在自体がもはや卓越した
文明の証なのである。“ドブネズミみたいに美しくなりたい”と願った歌い手の気持ちがよくわかる。
されど本来の美しさは下水道の配管にあるのではない。ふと森から飛んできた鷲はそこから私たち
の文明をどのように見たのだろうか。少なくとも、柳の木からの眺めはまだ美しかったかも知れない。

(文=石垣ゆうじ)

※引用は、チャールズ・ブコウスキー著『3ダース・ホット・ウォーター・ミュージック』
 山西治男訳によるあとがきより抜粋。
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by momiage_tea | 2011-03-01 23:59 | ゆうじ × TOMOt

そのとき

JFKの暗殺と犯人とされるオズワルドの逮捕。
そしてまた暗殺(オズワルドの死)。二つの死が、
衝撃と悲痛。戸惑いと混乱。怒りと憶測を呼ぶ。
当時ダラスのニュース映像をもとにした、優れた
ドキュメンタリー番組を観て、合衆国の悲しみより
も深い、ジャクリーン未亡人の愛の喪失を知る。
ドキュメンタリーのなかのニュースはこう伝えた。
「ダラスにはいま、つよい風が吹いています」と。

(文=石垣ゆうじ)
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by momiage_tea | 2011-03-01 00:09 | ゆうじ × TOMOt

一日の終わりの直線で

三寒四温っていい言葉だな。
冬と春が一進一退を繰り返し、
せめぎあい、それでもやっぱり
春は近づいてくるのである。
才能のある者が努力をしたら、
そこに春はやってくるのだろうか。
これは賭けだ。自惚者の運命を
じぶんの手綱と鞭で制する為の、
これは切羽詰まった賭けなのだ。
君は最後の第四コーナーを回り、
最後の直線でじぶんを捕らえる。
遠慮はいらぬ。ちぎってしまえ。
かつてのよわい君を出し抜いて、
したたかにゴール板を突き抜けろ。

(文=石垣ゆうじ)
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by momiage_tea | 2011-02-27 23:03 | ゆうじ × TOMOt

のろけ

パスタ屋のおばちゃんも、カレー屋のお兄ちゃんも、中華屋のご夫妻も、みんなみんな
ヒロコの笑顔のファンなのだ。だけど彼女の笑顔がいちばん好きなのはこのぼくである。
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by momiage_tea | 2011-02-26 23:58 | ゆうじ × TOMOt

映画『幸せの始まりは』について

ソフトボール全米代表チームの主力だったリサ(リース・ウィザースプーン)は、三十路をこえた
ところで苦境に立たされる。監督が替わりチームをお払い箱になったばかりか、恋人のメジャー
リーガー、マティ(オーウェン・ウィルソン)のプレイボーイぶりに心を落ち着けることができない。
そんなとき出逢った男ジョージ(ポール・ラッド)は、少々抜けたところはあるけれどマティとは正
反対のまじめな男だった。けれども、父の貿易会社で働く彼は国税局の監査にひっかかり父の
代わりに収監の危機に立たされていた。満ち足りた暮らしのなか、遊び人のマティは心を入れ替
えリサへの忠誠を誓い、ジョージは父の身代わりになるか義理を通すかで頭を悩ませつつも、リ
サに出逢い本当の生きる道を見いだすのだった。そうしてリサは人生を捧げてきたソフトボール
界から引退を決意し、なにを拠り所にし、なにを選びとって生きてゆくのか。

とまあ、そんなことはどうでもいいのである。すべてはジョージの部下である女性秘書の出産と、
出産後の彼女と旦那のやりとりに凝縮されていた。その人生の妙味としかいえないものに、観る
者は素直にこころを委ねれればよいのである。それまでのドタバタ喜劇が、その後物語の終焉
へ向けてすっと胸に染みいる作品になるから不思議だ。・・・・・・我が子を産みあげたばかりの女
に、男はまだ正式な求婚をしていない。四〇歳で無職の男は、このまま結婚を口にしても返って
女を不安に陥れてしまうことを知っていた。そうして優しすぎるためにあれこれ思い悩んでばかり
いる彼女が、もし他の男と暮らしていたなら果たして彼女は幸せになれただろうか、と自問する。
(それは映画では描かれていない) 男の答えはノーだった。よその男には仕事も金もあるかもし
れない。しかし、彼女の繊細な優しさを、そうした男たちは奪ってしまいかねなかった。それだけ
は絶対に許してならいのだ。その男にとって幸せとは、守るべきものがまだあるということだった。

(文=石垣ゆうじ)
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by momiage_tea | 2011-02-24 21:54 | ゆうじ × TOMOt

おかしみ

「おれは十分の九は死んでいるが、拳銃を隠し持つみたいに
残りの十分の一で、こそこそ生きながらえている」(――チャールズ・ブコウスキー)


交渉ごとや会議中、あるいは面談のただ中にいるときでさえ、私のアパシー(感情鈍麻)はひょっこ
り顔を出し、私をどこかへ連れだそうとする。私は気もそぞろで目の前の議論や課題や果たすべき
役割からとたんに関心をなくしてしまうのだった。もちろんそこにいる人びとについてもおなじことで、
彼らや彼女たちのやろうとしていることや求めるもの、思考や価値観、それに語り口や存在そのもの
までがひどく無意味なものに思えてくるのだった。ひとは死んでも魂は生きながらえる。しかし、生き
ながらえながらも私の魂は死んでいるのだ。完全に死んでしまったわけではないにせよ、瀕死の重
傷であることにかわりはない。私は絶えずじぶんを捜し求めており、同時にじぶんを手放してもいる。
それは解放とはいえず、むしろ投げやりな態度をはらんでいるのだった。

ハードボイルドのゆで卵みたいに外見だけでも保証されていたのなら・・・・・・。私は冷めたホットミル
クに浮かんだ油膜のようにぞっとする青白い顔をして、口をつける気も失せるほどの冷たい気分をひ
た隠しにしているのだった。だが心配はご無用。私はそれでどうにかなってしまう人間ではない。そこ
へ至るまでには、私はじぶん自身への傾倒が足らない。それ故、じぶんを溺愛してるのでもなく、も
はや死んでしまいたくなるほどあらゆる事柄に過度な期待を抱いているわけでもなかった。私はいま、
いくらか気持ちよくこれを書きさえしている。それだけで生きていけるというものだ。砂漠に残された足
跡よりも価値があるかは別として、砂嵐でも消せない言葉をまっさらな画面に刻み込んでいる快感を、
私はこっそり中毒患者のように甘受しているのだった。恨みはない。喜びもない。あるのは私という
しけた生き物に漂うおかしみだけ。

(文=石垣ゆうじ)
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by momiage_tea | 2011-02-23 19:08 | ゆうじ × TOMOt

ブコウスキーとカーヴァー

図書館ではチャールズ・ブコウスキーの評伝を借りてくるはずだった。しばらく貸出中のままの
その書棚は、その日もやはり歯抜けのままだった。それで代わりに連れて帰ってきたのがレイ
モンド・カーヴァーだ。彼の作品を読むのはそれが初めてのことで、私はこの作家の書くものが
気に入った。本屋を訪ねたときも探していたのは別のものだったのに、目にして、迷った挙句、
手に入れて帰ってきたのもレイモンド・カーヴァーの短編集だった。偶然から必然へ変貌を遂げ
るのは偶然の連続であり、その偶然には必然を予感させるだけの連続性というか同一性のよう
な共通項があるのだった。それは弱者からの視点だ。もしくは弱者への同情だ。いや、それは
同胞意識といった方が妥当だろうか。かつて自分も通り抜けてきたハリウッド映画ではけっして
取り上げられることのない埋もれた人間たちの物語を、ブコウスキーもカーヴァーも一貫して描
きつづけてきた作家だ。しかし、そうした物語は見過ごされたままでいいとは思えないし、見過
ごされるしかない取るに足らない人生の断片であったようにも思える。

彼らが書かなければ到底知りえなかったそうした物語は、たとえ脚色が過ぎたとしても創作で
はなく経験をもとにしたフィールド・レポートでなければならなかった。かつてブコウスキーは街
の酒場で浮かれ騒ぐ若者たちを目にして「爪も汚したことのないガキども」と罵りの声をあげた
ものだ。そしてまた自身の作品の登場人物には「おれは臆病者だから、作家になったんだ」とも
語らせている。この世界の嘘いつわりを瞬時に見抜いてしまう気高い審美眼をもった、けれども
人生を直視できない臆病者にかぎって危ない橋を渡りたがるのはなぜなのか。ブコウスキーも
カーヴァーもいまはふたりとも死んでしまってこの世にいない。物書きとしては(とんでもなく)大
物であったのに、あとに残されたのは名も知れぬ、どこにでもいる人びとの、そのようにしか生き
られなかったちいさな生き様だけだ。それだけに、彼らはとても臆病者などとは呼べず、誰よりも
勇気溢れる作家だったといえるだろう。

(文=石垣ゆうじ)
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by momiage_tea | 2011-02-22 23:59 | ゆうじ × TOMOt

答えのない道の半ばで

人生の転機はあのときだったのかもしれない。きみは後になってそう振り返るだろう。
そんな決断を迫られて、きみは自らの感覚を信じて答えを導きだしたのだった。だが
その答えにうろたえたのはきみ自身だった。はたしてほんとにそれでよかったのかと。
帰り路、答えの真相を明らかにしたくてふと立ち寄った街の本屋で、きみは誰からの
援護も、慰めも、励ましも、同調も、反発や叱責さえも受け取ることができなかった。
開かれなかった本のページに書かれていたはずの確かめたかった言葉は、けれど、
きみの胸の裡に克明に刻まれていたはずだった。答えに正解などない。まして間違
いも。あるのは、諦めたら終わる道程の、諦めない人の前にだけつづく道程だけだ。
■□

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(文=石垣ゆうじ 絵=TOMOt)
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by momiage_tea | 2011-02-21 23:49 | ゆうじ × TOMOt


モノ書き石垣ゆうじとモノ描きTOMOt「もみあげ亭」二人による気まぐれ日記


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