カテゴリ:ゆうじ × TOMOt( 234 )

三ケ月

靴底に入り込んだ小石みたいにわたしは煩わしい人間である。遠方からボランティアにやってきた人
びとは口々にその光景の悲惨さについて一応嘆いてみせるのであったが、同時に被災地の住民の
つよさや明るさをも受け取ってきて、そうした沸き立つ人間の前向きな魂がまるでかねてから自分が
内包してきた気分のように、安堵の表情のうちに語り尽くすとき、わたしは一応の成果を成し遂げて
帰路にたつボランティアのそうした態度に、妬みのような感情を抱かずにはいられない。わたしは戦
後の敗戦焼け野原と化した焦土の光景をひと月半駆け回り、のこりのひと月半を負傷した帰還兵の
ごとく目的もなくやり過ごしてきたのだった。戦えない己のふがいなさというより、ひと目を忍んで自分
の身を痛めつけ、故意に名誉の負傷をおった帰還兵のうしろめたさに似た感覚に襲われて。

(文=石垣ゆうじ)
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by momiage_tea | 2011-06-11 14:28 | ゆうじ × TOMOt

ベル

このびくついた犬を眺めていると、片目の視力を失くしたのはどこかの卑劣なゲス野郎に虐待を
受けたのが原因なのではなく、なにかしらパニックに陥った際に生じたアクシデントによって、たと
えば強風に煽られ、倒れてきた立て看板の衝撃に怖じ気づいて逃げまどい、引きずった散歩用の
リールが停めてあった自転車に引っかかるとそいつをなぎ倒し、運悪く自転車のハンドルの柄が
彼の右目を直撃したのではないか、と思われる。

恐怖と痛みに耐えながら、やがて保護されるまでの間に、彼は度重なるアクシデントに見舞われ
てすっかり憔悴しきってしまったのであろう。彼を里親募集会から引き取ってきてからのしばらく、
彼は走ってもハアハアと息を漏らすでもなく、繋がれた縁側の奥からこちらを覗きこんで、新しい
飼主の顔色をうかがい、いつまでも寝顔をみせることがなかったものだ。ワンともヒンとも鳴かず、
身をひくくしてなすがままに床にぺたりとする彼を不憫に思わずにはいられなかった。

それがいまではわがままになり、声に出して不満を露わにするようなときには、わたしはお返しと
ばかりに彼を廊下の隅にまで追いやり、ぎゅうっと抱きしめてやるのだった。そのときの屈折した
愛情を拒絶するような窮屈な彼の表情が、わたしのSっ気に火をつける。彼は逃げ場を失い、お
やつを獲得するまでの束の間、身を悶えながらグッと堪え忍ぶのであった。そのくせ彼は、解放
されると素早くその場を立ち去ろうとするわたしを逃すまいと、尻のすぐそばまでぴたりとひっつい
てくるのだ。

それで、わたしは廊下の角に頭かくして尻かくさずの体(てい)になって、おやつの袋をわざとガサ
ゴソやってやり、いたずらに彼の期待を盛り立ててやるのだった。クッキーなり、ジャーキーなり
を発見したときの彼の興奮といったら、里親募集会で身じろぎひとつせず駐車場のはしっこでおと
なしく佇んでいたのとおなじ犬なのかと、思わずうれしくなってしまうのだった。先日、予防注射の
ため近くの集会所まで車で出向いた折りには、車中でも会場でもやたらと泡をふきまくっていた彼
は、恐ろしさのあまり注射を打たれたのにも気づかぬ様子であった。

やっとの思いで廊下の隅の我が家へ戻ってくると、多少青ざめた表情を残しながらも、そこへ平和
な面もちで横たわってみせた。わたしは彼のための予防注射といえども、悪いことをしたような気分
でいたから、その安らいだ顔をみると無理くり彼を撫で回して許しを請うのであった。そのときの彼
は嫌な顔ひとつせず、仏さんみたいにうっとりとした目をしてすべてを受け入れたようだった。それか
らわたしは彼を放っておいて、物音をたてないように過ごして彼を眠らせてやった。

(文=石垣ゆうじ)
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by momiage_tea | 2011-06-10 20:09 | ゆうじ × TOMOt

領域

“魂は自分の仲間を選び――それから――扉を閉じてしまう”  (エミリィ・ディキンスン)


新しい領域は突然やってくる。いきなり突っ込んできた車を避けるために偶然逃げまがった
道なりの古本屋で、わたしは新たな領域にわけいる。温故知新。シャーウッド・アンダスンが、
エミリィ・ディキンスンが世紀を股にかけてわたしに手を差しのべる。あなた方は決定的な仕
事を、わたしのなかで成し遂げてくださることでしょう。そうしてわたしは古い自分を雲隠れさ
せて、手放しで、太陽を憎むこともなく、芦を伸ばすのだ。足もとの石くれや湿気った土に目
をこらすと浮かび上がる、ありふれた営みの混沌に狂喜しながら、わたしは卑近なる遥かな
土地へと旅にでる。そこにいて同時にそこにはいないわたしは、益々離れてゆくだろう。過去
から、ここから、みんなから。


d0059157_173407.jpg


(文=石垣ゆうじ 絵=TOMOt)
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by momiage_tea | 2011-06-08 20:19 | ゆうじ × TOMOt

編愛(続・映画『ショパン~愛と哀しみの旋律~』のこと)

映画『ショパン』を観ていて気づかされたのは、わたしの中のアメリカだ。ポーランドのワルシャワ、フラ
ンスのパリ、スペインのマジョルカ、そしてフランスのノアンとショパンの足跡に忠実な、ヨーロッパ各地
の土地の名で撮影されたどこか蔭りのある光景が、ショパンのピアノの旋律とみごとに溶け合い、音楽
家とその土地の呼び名をふさわしく美しいものとして浮かびあがらせるのだったが、なぜかしらそうした
郷愁に誘う風景のひとつひとつに乗りきれない不協和音の聞こえてくるのを逃すことができなかった。
それはアメリカのせいだった。

わたしの生まれ育った仙台の中心部の広瀬川以西には、ゆたかな自然と調和する形で切妻屋根を
のせた白塗りの小屋がいくつも点在していて、どこかしらアメリカの田舎町を思わせる佇まいをのこし
ていたものだった。それもそのはずで、わたしの暮らす川内地区には第二次大戦中に米軍の駐屯地
が整備されていた、かの地アメリカだったのだ。一見するとどこもおなじに見える長閑で滋味の帯びた
地方を捉えた映像が、ショパンの越境した旋律をもってしてもわたしの胸のうちに宿る、土着した編愛
に根をおろすことを頑なに拒絶したのだった。ドストエフスキー曰く、自分に赴くのがアメリカだからだ。

(文=石垣ゆうじ)
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by momiage_tea | 2011-06-07 20:39 | ゆうじ × TOMOt

六月

土曜の朝、松の木にぶらさがる首つりの死体をみた。
そいつは白粉を塗りたくった芝居役者みたいになって、
学生のあんちゃんのまんま、きれいにそこに治まって、
おれとベルのお気に入りの公園の片隅で死んでいた。
そいつに、そんなことをする権利はない、とおれは思う。
くそったれめ。だから学生が、若造がおれは大嫌いだ。
ひねくれ方も知らず、独りっきりになることの意味さえ
考えてみたこともなく、ただ頭の賢いクソガキどもが。
おれのうつくしい朝の光と緑のなかで、松の木の枝に
ちょこんと引っかけられたみたいにして死んでいた、
その浅く、つめたく、かたく、無知と若さゆえの蒼さで、
そいつはそこに、一筋のながい影をのばすこともなく。

(文=石垣ゆうじ)
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by momiage_tea | 2011-06-06 23:11 | ゆうじ × TOMOt

映画『ショパン~愛と哀しみの旋律~』のこと

フレデリック・ショパンとジョルジュ・サンドの哀しき愛の物語――といえば気こえがいいけれど、
クラシック音楽についてよくよく言われる通り、このふたりの物語もまた、やたらと高尚がらず、ピ
アノ弾きと女流作家の、いやその時代をよくよく生きた人間たちの愛憎劇として、お気楽に楽しむ
のがよいのだと思う。さもないと繊細な音楽家と激情の人気作家の、そしてジョルジュ・サンドの
家族――絵描きの息子となんのとりえもない娘――を巻き込んだ人生劇場にすっかり翻弄され
てしまうことになる。

十五歳年下のショパンを落としたサンドの献身的な愛は、やがてマザコンの息子で画家のモーリス
の嫉妬と怒りを買うこととなる。サンドの娘ソランジュも少女から大人へ年を重ねるごとにショパンへ
の愛を募らせてゆくのだったが、彼らや彼女らはそうした思いを優しさや醜さもすべてひっくるめて、
感情を曝け出してみせるのだ。このひとたちには忍ぶ愛というものがなく、誰彼はばからずに愛し合
い、罵り合い、こそこそ覗き見たり、告げ口したり、不満をぶちまけたりと際限がないのだった。

つまるところ、音楽も文学も絵画もそして日々の暮らしさえも、このひたとちにとってはすべての営み
がエンタテイメントなのだ。それもほんの余興やお愉しみなんてものではなく、身も心も財産も全部
つぎ込んで自作自演で繰り広げられる本物のショーなのだ。現代よりも娯楽のすくない時代におい
て、人生という映画の役者は誰しもが主人公でなくてはならなかった。だからピアノ弾きも、もの書き
も、絵描きも、ただの娘も、みんな四六時中イラついていたのだろう。

イラついているということは世間、境遇、家族、自分、仕事といったほとんどの事柄――つまり現状に
なにかしらの不満を抱いて生きつづけているということである。十分すぎる愛に包まれているのに、そ
の愛が自分以外の人間に向けられると、もうそれだけで耐えられないのだ。だから好きな鳥の胸肉が
息子モーリスの皿に盛られ、嫌いなモモ肉が自分の皿に盛られてきたとき、ショパンはその場を持ち
こたえることもできず癇癪を爆発させてしまうのだった。はじめ、愚かな人びとだと思っていたのが時
間が経つにつれて、生きることに真剣だった時代の人びとに羨望の思いさえ芽生えてくるのだったが。

映画『ショパン~愛と哀しみの旋律~』公式サイト
http://www.chopin-movie.com/index_2.html

(文=石垣ゆうじ)
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by momiage_tea | 2011-06-05 20:37 | ゆうじ × TOMOt

妙味

逃げ込んだのとおなじ本屋にいた。そこは街中でいちばんの本屋というわけではなかった。帰り道
に立ち寄りやすい最寄りの本屋というだけの話でもなく、いまではちょっとした愛着すら沸いていた。
その書店との付き合いはまだ浅く、そこで見つけた書物が飛びきりの一冊になるということもあまり
なかったものだから、そそられる単行本を手にしても、買うには躊躇わずにはいられない。本の虫と
いうほどの読書家ではない私は、それでも本を手放せない人間である。私を窮地から救い出し、励
まし、背中を押してくれるのはいつだって言葉なのだ。だとしても、私は新しい一冊よりも、古い書物
を再読することの方が多い読み手である。再収集といい換えてもよいかもしれないそうした書物との
付き合い方にこそ、くたびれない言葉の逞しさと、いつまでも失われることのない新鮮な息吹を感じ
取り、ひとり悦に入り、また生きてゆこうと思える何か、自らも筆を執ろうとさせる意志のようなものを
学んできたのだった。私に対してそういうことができるのは物書きだけだ。それもほんの一握りの物
書き――詩人、作家、ジャーナリスト――だけである。それらの人物に共通していることは、市井の
人びとの暮らしを描き、自身もひとりの市井人の眼を失うことのなかった物書きたちである。その実、
彼らの眼差しは大衆の論調というべき世俗からもっともかけ離れた位置にあるのだった。烈しく孤高
で、気高い作家たち。むしろ、名声をさけるかのように慎ましい彼らの名は、どこの本屋の書架にも
並べられる類のものではなく、むしろ、その作家の名がそこにあるということが人生の隠れた喜びで
あるかのような響きを湛えている。――ちいさな秘密が生きる秘訣なのだ。六月の西日を浴びて、ビ
ルの谷間の屋上で読む、一遍のその妙味こそ。

(文=石垣ゆうじ)
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by momiage_tea | 2011-06-03 23:51 | ゆうじ × TOMOt

潮流

天龍一派の脱退があった昭和七年一月場所について、作家の尾崎士郎はこう書き記している。
「ともかく一応開かれたとはいうものの有望力士を失いつくした土俵は見るに忍びないほどの寂
寥感にみちみちていた。十両から抜擢された大邱山、双葉山等々の小力士が幕内格で土俵に
のぼった姿は、いかにも空虚を埋めたというかんじだけがつよく、新鮮な魅力の対象となるには
おそろしく内容的にも不足なものがあり、僅かに国技館の人気を支えていたものは玉錦、能代潟、
清水川、沖ツ海、高登くらいのものであった。」(――『相撲を見る眼』)
 
不滅の六九連勝を成し遂げた不出世の大横綱双葉山をしても、当時の尾崎の眼には甚だ「内容
的にも不足」に映る「小力士」に過ぎなかったのだ。この状況はいまの相撲界の置かれている苦境
と非常に近しいものがあろう。負け越しても関取に昇進した幕下力士の記事がスポーツ紙をにぎわ
していたけれど、穴埋めのために十両から幕内へと昇進した力士も一人や二人ではない。年度内
に予算を使いきるために作られた町民体育館みたいなもので、その後のイベント・スケジュールも
利用者も空っぽという具合になってしまってはもともこもないのであるが。

しかし、かの双葉山が正当な実力を評価されたのではなく、相撲史に残る「春秋園事件」(待遇改善
を求めた力士と相撲協会との紛糾の末、大量の力士が協会を離脱した)に端を発した、ときの潮流
に乗じての幕内昇進劇であったことを鑑みるとき、「地位が人をつくる」という言葉に、浮き立つような
明るさも立ち上ってくるようである。このような明日の見えにくい時代には、民衆はヒロイズムを欲す
るものだ。その存在自体が不信任である政治家たちが、こぞって震災を食い物にして首相降ろしに
躍起になったところで、国勢が上向くはずなどないのであるからして、私たちはもはや誰にも頼らず、
自ら起つことでこの辛苦を乗り越えるしかないのだろう。問題は身を献じるに値する土俵が目の前に
あるかどうかだ――。

(文=石垣ゆうじ)
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by momiage_tea | 2011-06-02 23:14 | ゆうじ × TOMOt

仙台

この街にはスタイルというものがない。
ファッションなら、あちこちに見受けることができる。
それらは、やたらとお洒落か、奇抜か、無頓着か、
さもなくば、均一化されたつまらぬ集団のひとりで、
わたしはこの街に紛れたくなくなって、本屋に逃げ込む。
しかし本屋でも、著しく哲学が欠けていて、そこでは
手に取りたくなる雑誌のひとつも見当たらない。
いや、一冊だけあったその雑誌は、けれども、
ニール・ヤングやリチャード・ブローティガンの記憶を
追慕した、二番煎じの誰かのおさがりなのだった。
歌にうたわれない街には色気などあるはずもなく、
旅の目的地にすらならない土地では、
わたしのような男はただただ烈しい嫌悪に襲われ、
不機嫌に彷徨うしかないのだった。

(文=石垣ゆうじ)
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by momiage_tea | 2011-06-01 22:49 | ゆうじ × TOMOt

映画『ザ・ファイター』について

なにかを失くしてしまったらこの映画を観ればいい。
その失くしてしまったものが大きければ大きいほど、
あなたはそれを取り戻すことがどんなに困難なことか
身につまされ、ミッキーとディッキーが成し遂げた事実
に胸を熱くさせることだろう。

詩人で作家のチャールズ・ブコウスキーはいった。
「ボクシングの試合を見たり、競馬場に行ったりするこ
とは、ものを書く上で勉強になった。そのメッセージは
漠然としていたが、わたしには役立った」と――。人生
に立ち向かう勇気が欲しければこの映画を観ればいい。

映画『ザ・ファイター』公式サイト
http://thefighter.gaga.ne.jp/

(文=石垣ゆうじ)
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by momiage_tea | 2011-05-31 17:42 | ゆうじ × TOMOt


モノ書き石垣ゆうじとモノ描きTOMOt「もみあげ亭」二人による気まぐれ日記


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