森の小径で受刑者は再会した


いつしか自分をいっぽんの木に喩えるようにして生きてきたのだったが、
その目線は、木になりきれないひとりの人間としての眼差しのままで、見
上げると覆われた枝葉がすべて悲しみでできているように思えたものだ。

しかし木は、来る日も陽光を浴びようと精一杯に腕をひろげて聳えたち、
寡黙な態度を貫いたまま、実に活きいきとした笑みさえ漏らすのだった。

それでも、まだ若いはずの楡の木が稲妻のように目の前で折れたとき、
森を駈けていたわたしの行く手を拒むかのように裂け落ちたその枝葉と、
折れそうな心を抱えていたわたしは、素知らぬ振りをしてすれ違っていた。

その意味を考察していたのではないか? 収監されて、番号で呼ばれ、
いつしか自分の名前で呼ばれることを望んだデイビッド・アラン・コーは、
出所してからはむしろ、自分を包み隠すような奇抜な出で立ちを好んだ。

アウトロー、アンダーグラウンドの伝説――ただ、自分自身であろうとす
ればするほど人びとは、わたしをデイビッド・アラン・コーではない呼び
名でと呼ぶのだと彼はいった。でわ、マール・ハガードはどうだったか?

マール・ハガードも刑務所で青春時代を過ごした後のカントリースターだ。
彼が学んだのは、もっといい暮らしを掴み取ろうとして、結局は独居房に
放り込まれる日々を繰り返して身につけた諦観としての拘束された自由だ。

青々とした枝葉が、やがて広瀬川に注ぐ支流に架かったちっぽけな橋に、
わざわざしな垂れてきたのは何のためだったか? 森の誰とも出逢わな
い小径で、互いに自分自身であることに折れてしまったのは何故なのか?

(文=いしがきゆうじ)
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by momiage_tea | 2009-07-07 23:32 | ゆうじ × TOMOt


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