溺死


彼女は長距離バスの車中からメールを寄こした。予備知識なしで観る映画
みたいだとわたしは思った。午後には仙台に着くのでお茶でもしませんかと
いう。断る理由などあろうはずもなかった。わたしはそのとき児童文学との
格闘をおっぱじめていたところで、敗戦は濃厚だった。この日は珍しく筆が
進んでいた。しかし突破口を開くための糸口を模索しているところで、それは
むしろ作中というよりもわたしの生活にこそ必要だと思えたものだ。こいつは
願ってもない誘いだった。

彼女の「お昼ごはんを御馳走してくれたらうれしいです」というしたたかな申し
出にも口許を緩めずにはいられない。メールの語尾は「なんちゃって」と結ば
れていたものの、もうこちらはうまいものを食べさせる気で満々だった。わたし
はワープロの電源を切り、蓋をした。外では六月の陽ざしが容赦なく降り注い
でいる。出掛けてやろうではないか! ――と、そんな二年前の出来事を書き
はじめたところであったが……。

あの娘の存在とおなじく軽はずみな態度の行末に、底なし沼にハマってしまっ
たかのような気分だけが甦ってくる。あの溺死はいたずらだったのか? 「子
どもたちは遊びで石を投げるが、カエルは本気で死ぬのだ」という古い格言が
脳裏に浮かんできた。あのときにも増して強烈な陽光が必要なのだ! うだる
ような暑さがなければわたしはあの娘のことを書きたくない。

文字通りわたしの詩を持ち逃げした女。その彼女から送られてきた録音は
ボサノバ調の曲であり、あのそそられる体つきと底知れぬ笑顔にも負けぬ
魅力的な歌声は、やはり娘自身のものであることに相違はないのだったが
しかし、わたしの書いた詩が返却されてくることもまたなかったのだ。

「――あの詩を歌にしたら笑っちゃいますか?」と彼女はいったものだった。
わたしは喜んでその詩を提供する代わりに、歌詞にふさわしい節回しになる
よういくらか詩をいじくった。それはひとりの物書きについて書かれた詩から
変貌を遂げ、彼女に手渡したときにはひとり登場人物が増えていた。物書き
(男)から絵描き(女)への恋文へと取って代わっていたのだ。

最初に書かれた詩とはまるで別物になってしまったことは確かだ。しかし、
相手のヘディングシュートを間一髪のところでポストから弾きだしたゴール
キーパーのように、その手ごたえと余韻だけがこの身に刻まれたまま、
わたしは書き直した会心の一作の、ほんの一説すら諳んじることができず
にいた・・・・・・。

(文=いしがきゆうじ)
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by momiage_tea | 2009-07-01 00:46 | ゆうじ × TOMOt


モノ書き石垣ゆうじとモノ描きTOMOt「もみあげ亭」二人による気まぐれ日記


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