三沢光晴の死


久しぶりにプロレスのことを書いたら三沢光晴の死についても書いてくれ
という意見をもらった。そこで一筆、わたしの見解を述べておきたいと思う。
彼の死(対戦相手の大技を食らい試合中に心肺停止。そのまま帰らぬ人
に。享年46歳)を早すぎる死だというファンがいる。果たしてそうだろうか?

わたしはこの十年近くまともにプロレスを観ていないどころか、人生の大半
の情熱を注いできたプロレスというジャンルを虚仮(こけ)にさえしてきたの
だったが、それはプロレスをプロレスたらしめることのできる本物のレスラー
が絶滅の危機に瀕していたことがおおきい。もうこのジャンル――ある作家
はプロレスを他に比類なきジャンルといった――からは得るものはないと見
切りをつけなければならないほどプロレス界は衰弱しきっていたのだった。

そんな中で九〇年代のプロレス隆盛期と変わらぬ激闘をつづけてきた数少
ないレスラーが、おそらくは三沢光晴であったことに疑念の余地はない。彼
はテレビ収録のある大都市のビッグマッチであろうが、客入りの悪い地方巡
業の消化試合であろうが、構わず自分の信念を貫いてきたのだった。一口
にいって怠けることをしない人、手抜きとは一切無縁の人だったということで
ある。彼の不幸はそうした生真面目な性格と、激しい大技の攻防にしか興味
を示さなくなった、刺激優先型のファンを自ら育んできたことだろうと思う。

プロレスは従来のスポーツや格闘技とはちがい、予め相手の技を受けること
を前提にして成り立つジャンルなのだ。(そのことを理解できない人は、ロープ
に振られてわざわざ戻ってくるレスラーを観て、あんなのは八百長だというの
だ)それ故、世界中でもっとも攻防の激しく、レベルの高いリングで闘ってきた
受け身の天才が、46歳という年齢まで弟一線で活躍できたことは驚くべき事
実だといえよう。無論、それは三沢光晴というレスラーの努力と才能に依るも
のが大きいのだがしかし、わたしは彼の死は至極当然な死だと認識している。

だからわたしは彼の悲報を伝え聞いてもほとんど驚きもしなかった。プロレス
以上に避けて通っている政治のニュース――鳩山大臣の辞任――と一緒で
「ああ、そうか」ぐらいのものだった。それはわたしがアパシー(精神病理学上、
無気力無感動の状態)を患っているせいでもあるのだが、十分に想定範囲内
の出来事だったということでもある。

わたしは、プロレスは体を張った人生劇場だと信じている。そこには純粋な生
き様やロクでもない裏切り行為、人間関係と存在そのものの不条理といった
ものが渦巻いていなければならず、人間臭さや間合いが失われ、単なる技術
の大盤振る舞いしかリング上に観るべきものがないのであれば、いや、そうな
ってしまったからこそ、わたしはプロレスというジャンルからきっぱり足を洗った
のだった。中にはドラマを見せようとする団体もあるにはあった。だが、彼らは
みな大根役者の筋肉お化けか、はたまた体の出来ていないそこら辺のお兄
ちゃんでしかなくなってしまっていた。

やはり、人生の悲喜交々というのは「実際に自分の人生を生きた者」にしか
表現し得ないものなのではなかろうか? それだけに、一生涯を純プロレス
に捧げてリング上で壮絶な死を死にいった三沢光晴の最期は、まさしくあっ
晴れというに相応しく、またそれ以外の妥当な言葉が見当たらないのである。
彼のプロレス人生に幾ばくかの「遊び心」があったなら、彼の命はまだ安泰
だったかも知れない。そして実のところは「遊び心」で溢れた人柄であった
だろうとわたしは推測する。しかし、それを三沢光晴というレスラーは望まな
かったのだし、そうした仕事は彼の仕事ではなかったのである。

彼は恩師であるジャイアント馬場の死後、レスラー仲間を大量に引き連れ、
それまで所属していた全日本プロレスを離脱、新たな団体を立ち上げた人物
だ。恩を仇で返されたジャイアント馬場の未亡人である元子夫人は、三沢光
晴の訃報を聞いて「馬場さん、怒ったら駄目ですよ」といって仏壇に手を合わ
せたという。それは、全日本プロレスを裏切った息子に対する恨み節ではなく、
多くのファンや関係者が口をそろえていう「早すぎる死」という言葉への、温か
な戒めだったのではないか……。

(文=いしがきゆうじ)
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by momiage_tea | 2009-06-14 21:50 | ゆうじ × TOMOt


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