ウイスキーとラジオ ②
ところで、私は完全なるソリストなのであって誰かに指揮棒を振りまわされることは
好まない。たとえ物書きという人種がいくつかの原酒を調合するブレンダーなのだと
しても、私自身がひとつの樽から取り出されたシングルカスクであることに変わりは
ないのだった。
そのような考えが脳裏に浮かんだのはウイスキー工場から持ち帰って来た一枚の
コピー紙のせいだった。そこにはウイスキーの原酒(つまりシングルカスク)について
の解説が明記されており、ブレンデットウイスキーをオーケストラとするなら、シングル
カスクはソロに喩えることができる、と書かれていた。
シングルカスクを手に入れるにはふつうウイスキーの蒸留所を直接訪ねるしかない。
幸いなことに私にはニッカウイスキーの宮城峡があった。私が蒸留所のバーカウンター
で試香してこれだと思ったシングルカスクはグレーンウイスキー(トウモロコシが原料)
の樽に詰められていたものだった。アイルランド、スコットランド、カナダ、アメリカ、日本
とある世界のウイスキーの中でも、トウモロコシを主原料とするアメリカのバーボンウイ
スキーの香りに惹かれるとは我ながらカントリー音楽との結びつきを感じずにはいられ
なかった。
いずれにせよ私は、体内で眠っている夥しい数の樽の中から頃合いの原酒を選び出し、
アルコール度数を調節してやらなければならなかった。カントリー音楽に喩え直すので
あれば、作家は原酒という名のシンガーソングライターであり、同時に楽曲とアルバム
をまとめあげるプロデューサーでもなければならないわけだ。結果、形を成すのは私が
調合したブレンデッドウイスキーというわけであるが、その味と銘柄が決まるにはまだ
時間を要するのだった。
しかし、私はこの自前のウイスキーをこしらえる作業がえらく気に入っている。良いものが
出来上がるにはそれ相応の熟成期間と、そいつを飲めたものにしてやる感覚が必要だ
ということだ。そして飲める酒が出来上がったとしても肝に銘じなければならないことがある。
(それは厄介極まりないことでもあるのだが)ウイスキーは喜ばしい出来事があったときに
限り口にすべしということだ。決して聞き捨てならない文句だ。
ならば、ウイスキーがビールやワインよりも飲まれていないのが、ただ単に価格や味わいの
問題だけではないというのもうなずけるではないか。逆にいえばウイスキーの飲み方を間違
っている連中が実に多いということであろうが……。
(文=いしがきゆうじ)
by momiage_tea
| 2009-05-25 22:20
| ゆうじ × TOMOt