【ある中編小説のために書かれた断片】 ~第3章より~


わたしは自分を変えてしまうことができなかった。彼女は六年の歳月をかけて
その事実を究明し、彼女の人生にとってこの先わたしが何の役にも立たない
存在であることが立証されてしまうと、きっぱり長年の研究対象であったわたし
を諦めたのだった。わたしとしては一時的に距離を取ることを提案したかったの
だが、彼女はまっさらになることを望んでいた。それは賢明な選択だったという
しかないのだろう。いつだって彼女は正しい答えを導き出していたのだ。だから
こそ彼女はわたしという男を見出し、わたしとの別れを選びとったのだ。

(中略)

笑わなくなり、話さなくなった彼女がおもむろに見せた巣立ちのほほ笑み。わたし
はあの笑顔を生涯忘れることができないだろう。それはふたりにとっての最後の夜
だった。六畳の部屋で眠りに落ちる寸前のわたしに、彼女が手向けてよこした慈愛
に充ちあふれた笑顔。それはまるで、母親の象徴を思わせるほど麗しい顔だった。

(中略)

彼女はこんなわたしとの六年間に感謝をしてくれていた。そうしてこれからは自分の
力で生きていくのよ、とその顔は語っていた。わたしは、わたしはこの期に及んで初
めて見るそのほほ笑みに怖じ気づいてしまったのだと思う。出て行ったのは彼女だ
ったが、実のところ荷物をまとめて旅立たなければならなかったのはこのわたしの
方だった。 (中略) わたしはその彼女の笑顔に応えることもできずに、そっと目を
閉じた。眠りについたふりをして、そして彼女が部屋の灯りを落すのを待ってから、
彼女の肌の温もりと優しさを感じながら黙ってすすり泣いた・・・・・・。


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(文=いしがきゆうじ)

(絵=TOMOt)

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by momiage_tea | 2009-05-19 22:32 | ゆうじ × TOMOt


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