【ある中編小説のために書かれた断片】 ~第4章より~


「よお、相変わらず陰険な顔をしてやがるな!」
わたしがストックルームに姿を現すと、奴はいきなり切り出してきた。それが奴流の挨拶
の仕方なのだ。わたしは奴の顔をまじまじと眺めやった。まるで般若のような顔立ちだ。
「ずいぶんと生意気になったもんじゃねえのか、おい!」奴はいった。「社会保険に加入
したら途端に重役出勤かよ?」
わたしは数週間前にフルタイムの準社員に昇格していた。とはいえ、この日はただ単に
遅番だったというだけの話だ。奴には素敵なかみさんと生まれて数カ月の女の子がいた。
しかしまだ会社の保険には入れてもらえないでいた。奴が能無しだったからというわけでは
なかった。枠の問題、つまりは会社側の都合というのがいちばんの問題だった。

(中略)

「この野郎、いつも白い顔してやがって。すこしは陽にあたったらどうなんだい、え?」
今日の奴はやたらと調子がよさそうだった。きっと出社前にいい波に乗ってきたのに違い
なかった。奴はプロはだしのサーファーだった。
「おい」とわたしは訊ねた。「朝からばっちり決めてきたのか?」
「当りめえよ」
「どおりでいかがわしい匂いがすると思ったよ」
「なんだと?」
「表で私服警官がうろついているから気をつけろよ、トンパチ君」
「とっくの昔に葉っぱは捨てたといっただろうに! おれの先輩が捕まっちまったから焦って
全部片づけたんだよ!」
「まだ家のベランダに残ってるんじゃないのか?」
「馬鹿いいやがって。それよりもトンパチっていうのは何のことだ。新しい薬でも仕入れて
きたのか?」奴はそういってわたしの目の前に手のひらを突き出してよこした。「おれにも
よこしやがれ!」
「トンボに鉢巻きだよ」
「なんだと?」
「トンボに鉢巻きだといったんだ」わたしは繰り返した。「ほとんど目玉しかないトンボに目隠し
をしたら、どこへ飛んで行くのか何をしでかすか分かったもんじゃないってことさ」
エロ小説家がなにをほざいてやがる!」
「いかれてるのはおまえの方だぜ!」
奴は満面120パーセントの笑顔をみせると突然わたしに襲い掛かってきた。わたしは咄嗟
に奴の脇の下に潜りこむと乳首のあたりをひっつまんで思い切りねじりあげてやった。奴は
悲鳴をあげた。
「うぉ、てめえ待ちやがれ!」
わたしは待たなかった。全速力で駆けだして一目散に四階のストックルームから飛び出した。
「このメガネ野郎め!」トンパチの声が階段を滑り降りるわたしの頭上で響いていた。「ただじゃ
済まさねえからなこのヒゲ野郎!」
 
(中略)

トンパチはといえば、奴はスモーキーマウンテン社の収入だけでは妻子を賄いきれなくなって
いた。それでしばらく前から鯛焼き屋のバイトを始めていた。はじめのうちは焼き損じて形の崩
れた鯛焼きをスタッフの差し入れ用に持ってくることもあった。少なからず金まわりがよくなった
トンパチはそれで以前より性格が穏やかになったようだった。
「なんだ無視かよ!」トンパチはいった。
「はっ?」わたしはしらをきった。
「偉くなったもんだな、あんた」
「いいから鯛焼きでも持ってきたらどうだい? 冷凍庫の在庫が切れているじゃないか?」
「このハゲ野郎が、ただで食わせてやりゃいい気になりやがって! 礼のひとつもない奴らに
当たり前に食わせてやってたまるかってんだ!」
わたしは馬鹿が自信をつけるとろくでもないなと思った。だが、それは口にはしなかった。
奴には鯛焼き代を差っ引いてもあり余るあるほどの貸しがあった。いま奴が穿いているコットン
のパンツもわたしが卸したものだ。けれどもわたしはそれにも触れなかった。「だったら先に飲み
代を返しやがれ!」――その科白はいつかほんとうに困ったときのための切り札として取って
おいているのだった。しかしその切り札を持っている連中がこの職場だけでも4人はいたのだが。

「ここを辞めて鯛焼き屋に専念した方が向いてるんじゃないのかい?」わたしはいった。すると
奴はあの120パーセントの笑みを浮かべて「ハイ、らっしゃいませ~、らっしゃいませ~。ほら
そこのお姉ちゃん、鯛焼きひとつ買ってってよ!」と鯛焼き屋の販売員としての手腕を披露し
はじめた。こいつは愉快だ。なかなか板についている。いや天性の鯛焼き屋の素質がこの男
には備わっていた。
「おい、お兄ちゃん、こっちにもひとつ鯛焼きをおくれ!」とわたし。
「あいよ、あんこがぎっしり詰まってるところをやるからね!」トンパチは応えた。そして顔から
さっと笑顔を消し去ると「この野郎、鯛焼き屋を舐めやがって!」といった。「てめえも今に
女房子供ができたらこの苦労がわかるのさ」
「・・・・・・まずな」わたしはひと呼吸おくといった。
「へんっ、そんなだからあんたは女に逃げられちまったのさ!」

(文=いしがきゆうじ)
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by momiage_tea | 2009-05-11 21:55 | ゆうじ × TOMOt


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