もみあげを見る眼。6月9日(木)石垣ゆうじ記す。

2階自由席の値段の相場は3千円と決まっている。ところがこの日の設定額
は4千5百円(前売り券は4千円)であった。なんのことはないプロレスの人気
が低いから、欲たかりなプロモーターが少しでも利益をせしめようとチケットを
高く売りに出しただけの話である。

ボクなら安くして薄利多売で勝負するけどなぁ。興行は水物だからその日こけ
てしまったらふつうは次回はない。ところがプロレスの支持者というのは隠れ
キリシタンみたいにどこまでいってもプロレスに従順な信者なのである。興行
が成功すれば――試合が良ければ、彼らは誰に頼まれもしないのに勝手に
広報宣伝部員になって、新たな予備信者を引き連れ、次の興行にも脚を運ん
でくれるものなのである。だったら少しでもたくさんの人に来てもらった方が得
策ではなかろうか?

さて、そんなプロレス信者からとうに脱退して改心していたはずのボクも、殿
堂・宮城県スポーツセンターの来春3月の閉鎖と建て壊しが決定したとの知ら
せを受ければ、はるばる東京から駆けつけない訳にはいかないのである。後楽
園ホール、日本武道館、大阪府立体育館、札幌中島体育センター(既に閉館)、
博多スターレーンなど、あまたの名物会場あれども、この宮城県スポーツセン
ターに敵う器はどこにも存在しないのだ。

入場口をくぐって左側(西)の階段を上れば、そこにはカレーライスかカツカレ
ーしか出さない――最近になって牛丼も始めたけれど、断固としてボクらはそ
んなモノを認めるわけにはいかない――食堂があるのだ。そこでボクらはよく、
腹ごしらえをしながら、パンフレットのページを捲り、その日の見所を検討しあ
ったものだった。だから今でもカレーの匂いを嗅ぐと、プロレス会場の熱気溢
れる情景が瞼に浮かび、食欲以上のものを刺激されて心がはやるのである。

いつの頃からだろうか、プロレスがつまらなくなったのは?プロレスとはヒート
アップである。だからレスラーは非日常の空間で――リングの上で、その鍛え
抜かれた肉体を以ってして、観客を可能な限り激情に駆り立てねばならない。

かつてぼくらはそこへスポットライトを浴びて現われた「東洋の巨人」や「燃
える闘魂」、「超獣」や「不沈艦」、「呪術師」に「千の顔を持つ男」といった非
日常の具現者に対して、畏怖と尊敬と憧れの念を抱いて四角いリングを見
つめたものである。その一挙一動に心を奪われた少年の日のボクは、教科
書や親が決して教えてくれなかった大事なことをこみ上げてくる涙とともに、
深く胸に刻みこんだものだった。

それが知らぬ間に、ちゃちな旅一座の喜劇芝居でも眺めるかのような、白け
た眼差しをリングへ向けるようになってしまっていた。ボクらが青春時代をとう
に過ぎてしまっていることも原因のひとつではあるし、レスラーがレスラーで
はなく、ただのガタイのいい近所の兄ちゃんに、或いはたちの悪いサーカス
小屋の見世物男に成り下がってしまったことにもその要因はあるはずだが、
いずれプロレスから幻想が消滅し、プロレスに文学や映画のように語る価値
を見出せなくなってしまったのは取り返しのつかない事実であった。

以来、ボクら(5人が3人、3人が2人になっていた)はわざわざ宮城県スポー
ツセンター西側2階にある食堂に、カツカレーを食べるためだけに、安くはない
入場切符を握り締めて現われることとなったのである。リングの見えるアリーナ
やスタンドには興味は持てなかったから、ボクらは食堂のおばちゃんの変わら
ぬシワ枯れ声や四角いキャンバスが「ドタン、バタン」と音(ね)を上げる音、観客
が「オオ-ッ」とどよめく響きを酒の肴みたいにして、ちんたらとカツカレーを頬張
っていたのである。

リングの中にはレスラーがいて、周りには観客がいる。それなのにプロレスはど
こにもないのである。カツカレーをつついた食堂の天井には少なくてもプロレス
が精霊のように、残り香のように存在し続けていた。9歳や17歳や25歳の自分
を、ボクらはそこに行けばいつでも取り戻すことが出来るような気がしたものだっ
た。それが出来るのもあとせいぜい一度か二度となってしまった。

ボクと友人シュウは、メインイベントの試合途中で席を立った。勿論いつまでも
食堂のテーブルでたむろしていた訳はないが、もはやプロレスのリングから吸引
力は失われていた。観衆の声援がドッと館内に反響して空間にまやかしを映し出
す。「ドタン、バタン」とリングが軋む。アリーナの後方にはその筋のいかついメンツ
のお方が列を成し、通路では幼子たちがドタバタと駆け回る。これぞ本物のプロレ
ス地方興行だ。それでもボクらは席を立った。暗い公園の敷地を歩いていると、
ふたりの背後で試合終了を告げるゴングが鳴るのが聞こえた。

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■□
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by momiage_tea | 2005-06-09 10:01 | ゆうじ × TOMOt


モノ書き石垣ゆうじとモノ描きTOMOt「もみあげ亭」二人による気まぐれ日記


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