『裸婦像と猫』
公園にはいくつかの彫刻がたっていました。
そのどれもが裸の婦人でした。風呂あがりなのか髪をかきあげる
仕草の像や両手を頭のうしろで組んで、裸体を惜しげもなくみせつ
ける像、それに、ベンチの端っこにちゃっかり腰かけて遠くを見つめ
ている像もありました。
その公園は人間よりも猫のほうが多く訪れました。訪れたついでに
そこが気に入って住み着いた猫もたくさんおりました。そんな猫は
たいてい人間に捨てられた猫なのでした。
それでも、夕暮れの時刻になると人恋しくなるのか、人間不信の猫
たちは裸の婦人の銅像になつくようにしてあつまってくるのでした。
ほとんど無口な猫たちでしたが、まだ幼いのや、おとなでも人間に
飼われたのがながい猫は、ときに淋しさのあまり「ミャーミャー」、
「ニャーニャー」とあまい鳴き声をもらしました。
すると感傷に浸ることのなかった猫のうちでも、とりわけ人間から
「ミャー」とか「ニャー」と呼ばれていた何匹かの猫が、じぶんの生い
立ちの不幸やすっかり忘れていた荒んだ生活を思いだして、あたし
は「ミャーよ」、おいらは「ニャーよ」と誰ともなく訴えかけるようにして
鳴くのでした。
その声があまりにも哀調切々とした感じをはらんでくるうつくしい夕
闇には、人知れず涙をこぼすこころやさしい銅像もありました。
そんな彼女たちの気持ちを知ってか知らずか、雪のふる季節になる
と寒がりのはずの猫たちは当番を決め、日替わりでえり巻きやひざ
掛けの代わりを勤めて裸婦像をあたためました。
そんなつつましやかな公園に、どっと人間たちがかけこんできました。
それは蒸し暑いある夏のことでした。人間の世界では戦争がおきてい
たのでした。
どこかの国の飛行機がやってきて、通りすぎるわけでもなくこの町の
空を黒々と覆いつくしたかと思うと、てんでに爆弾を投下しました。
町のいたるところで大火事が発生しました。公園のすぐそばにまで火
の粉は押し寄せていましたが、炎や煙や割れたガラスから逃れてきた
人間たちで、公園はごったがえしているのでした。泣き叫ぶ者や倒れ
たままピクリとも動かない者もいました。
裸の婦人たちは、そこに微動だにせずいつものように佇んでいました
が、その目には怒りと悲しみの涙が滲んでいました。
猫たちは公園のすみに一匹残らず寄り固まって、ただこう鳴くことしか
できません。「ノー・ウォー!、ノー・ウォー!、ノー・ウォー!」
けれども、猫たちの声に耳をかす人間はひとりもありませんでした。
■
(石垣ゆうじ)
そのどれもが裸の婦人でした。風呂あがりなのか髪をかきあげる
仕草の像や両手を頭のうしろで組んで、裸体を惜しげもなくみせつ
ける像、それに、ベンチの端っこにちゃっかり腰かけて遠くを見つめ
ている像もありました。
その公園は人間よりも猫のほうが多く訪れました。訪れたついでに
そこが気に入って住み着いた猫もたくさんおりました。そんな猫は
たいてい人間に捨てられた猫なのでした。
それでも、夕暮れの時刻になると人恋しくなるのか、人間不信の猫
たちは裸の婦人の銅像になつくようにしてあつまってくるのでした。
ほとんど無口な猫たちでしたが、まだ幼いのや、おとなでも人間に
飼われたのがながい猫は、ときに淋しさのあまり「ミャーミャー」、
「ニャーニャー」とあまい鳴き声をもらしました。
すると感傷に浸ることのなかった猫のうちでも、とりわけ人間から
「ミャー」とか「ニャー」と呼ばれていた何匹かの猫が、じぶんの生い
立ちの不幸やすっかり忘れていた荒んだ生活を思いだして、あたし
は「ミャーよ」、おいらは「ニャーよ」と誰ともなく訴えかけるようにして
鳴くのでした。
その声があまりにも哀調切々とした感じをはらんでくるうつくしい夕
闇には、人知れず涙をこぼすこころやさしい銅像もありました。
そんな彼女たちの気持ちを知ってか知らずか、雪のふる季節になる
と寒がりのはずの猫たちは当番を決め、日替わりでえり巻きやひざ
掛けの代わりを勤めて裸婦像をあたためました。
そんなつつましやかな公園に、どっと人間たちがかけこんできました。
それは蒸し暑いある夏のことでした。人間の世界では戦争がおきてい
たのでした。
どこかの国の飛行機がやってきて、通りすぎるわけでもなくこの町の
空を黒々と覆いつくしたかと思うと、てんでに爆弾を投下しました。
町のいたるところで大火事が発生しました。公園のすぐそばにまで火
の粉は押し寄せていましたが、炎や煙や割れたガラスから逃れてきた
人間たちで、公園はごったがえしているのでした。泣き叫ぶ者や倒れ
たままピクリとも動かない者もいました。
裸の婦人たちは、そこに微動だにせずいつものように佇んでいました
が、その目には怒りと悲しみの涙が滲んでいました。
猫たちは公園のすみに一匹残らず寄り固まって、ただこう鳴くことしか
できません。「ノー・ウォー!、ノー・ウォー!、ノー・ウォー!」
けれども、猫たちの声に耳をかす人間はひとりもありませんでした。
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(石垣ゆうじ)
by momiage_tea
| 2007-07-02 17:03