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『ある日の手紙』 ⑨

野上さんへ

吉川幸次郎の言葉を紹介します。

 「――日常性の文学。路上の経験ということ。もっとだれでもが持ちうる経験、
 だれでもが持ちうる経験だけれども、そこに詩人でなければ感じえない意味
 を発掘する。そこのところに文学が成り立つ。ただ花がきれいだというだけで
 は、これは詩になりません。日常の素材が、高邁な慷慨の志がふくらまねば
 ならない。あるいは高邁な志があればこそ、いっそう日常を見つめるわけです」

なんでもないとおり道が、一変して親しい拠り所となることがあります。春には
桜並木が自慢の、堀に面したレンガ敷きの小径にあって、しかし、一本の樹を
見上げる愉しみをもたらしたのは、むしろ葉桜となってからのことでした。

桜が散って、いま青々と生い茂る並木を見上げるものはありません。だれかが
「星空ばかり眺めていると井戸に落ちる」といった人がいたそうですが、忙しない
この日常においてこそ、人びとがもっとも自覚しなければならないのが、じつは
星空を見上げるというありふれた、けれども思いがけない発見のような眼差しだ
と思うのです。

そうして星空を見上げるようなことがなければ気づかなかった、一本の葉桜の
分枝に添えられた――黒インキで「ことりのいえ」と書かれた――ささやかな
鳥小屋。町のだれかがしつらえたその「ことりのいえ」を、朝な夕なに眺めやる
のがいつしかぼくの習慣となっていました。

なんでもないとおり道が、一変して親しい拠り所となることがあるのです。「日常
を見つめる」こと。そうしてさらに、豊かな日々のために自ら勤めて「意味を発掘
する」ためには、町のだれかがそうしたように、「ことりのいえ」を自分の胸にしっ
かりとしつらえることです。

(文=石垣ゆうじ)
by momiage_tea | 2006-08-08 21:04 | 石垣ゆうじ


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