Oh, Sweet Country Melody

最初のホームルームから帰宅するとぼくは制服を着替えながら器用に足の先でラジカセのボタンを操作
した。録音予約を解除して、カセットテープを巻き戻した。はやる気持ちを制しながら、あまり多くを期待し
ないようにと自分に言い聞かせながら、カセットテープがせっせと巻き戻るのを耳を澄ませて聞いていた。
どうやらぼくは入る高校の選択を誤ったようであり、振り分けられたクラスでぼくはさっそく自分の殻に閉じ
こもって口数すくなくやり過ごすことになるのだろうと考えていた。クラスには運のいいことにおなじ出身中
学の仲間同士で収まった奴らがいて、初日の教室では早くも幅をきかせて打ち解けたようすで冗談を言い
合ったりしていた。その鼻持ちならない三人組――五城中学の奴らだ――は、できあがったコント・グルー
プ然としいて、それぞれの役割をしっかり把握しているらしかった。ニキビ面で髪の毛がもさっとした男が
ボケ役で、彼は仲間からキンカンと呼ばれていた。ぼくには彼の赤らんだ皮膚ゆえに芽生えるであろうは
ずの、思春期の憂鬱というものを微塵も感じさせない世慣れた態度が気に入らなかった。それは女の子
のいない男子校に特有の奔放さと着崩した気分から生じるいきがりがそうさせるのだろうと推測するのだ
ったが、キンカンは似合いもしないチェーンを首からぶら下げて甚だ野暮ったい印象をぼくに与えていた。
ツッコミ役の葉山はじつにきれいな肌をしていてカラダの線も細く、ぱっと見からしてかわいらしい男の子
であった。彼は調子のいいところがあって、表向きにはつっぱった部分を垣間見せていたけれど、裏では
それなりに勉強もおやじの工務店を引き継ぐための専門的な技術の習得にも余念がなく――彼のおやじ
にとってはとんでもない孝行息子に映ったことだろう――、あえて工業科を選ばずに、金銭感覚や経営哲
学を学ぶために商業高校に入学したあたりが、彼が根っからのしたたかな人間であることの証でもあった。
最後のひとりは野球部のサルで――ぼくは野球部のほとんどの連中を野球をやるしか能のない坊主頭の
サルとみなして軽蔑していた――たいしておもしろくないキンカンと葉山のやり取りにイチイチ反応しては
転げまわる笑い屋だった。そのサル、いや半田は笑うときにきまって両手で頭を抱えこみ、こんな愉快な
ことはない。いやはや、腹がよじれてたまらないからもうよしてくれ、といわんばかりに左右にはげしくゆれ
て笑い転げるのだ。ぼくは、どんな奴でも四六時中ご機嫌でニコニコしているような奴が好きになれなかっ
たから、この半田の屈託のない明るさも当然お気に召さなかった。彼らはみんな小学校のときからの幼な
じみであって、いま入学したての初めてのホームルームが始まるまでの、きっと誰もが堅苦しく、猫をかぶ
り、まわりから舐められてたまるかといった威圧感をかもし出しては無駄に虚勢をはって身構えているよう
なときに、このようなお笑いトリオのコントをみせつけられるのはおもしろいはずもあるまい。と思うのはぼく
だけだったようで、マジメなのも、秀才も、ヤンキーも、ぱしり役になりそうなのも、みんな取りあえずはその
賑やかなコント・トリオに舞台を譲ってやって、やさしい笑みを取り繕い、かしこまって観客席に納まってい
るのであった。いまにして思えば、そのときがぼくの一匹狼としての出自だったのだ。こいつらとはどんなこ
とがあっても絶対に打ち解けることはないだろうとぼくは胸の内で吐き棄てていた。馴染めないという感情
は実にみじめなもので、目の前ではしゃいでいる怖いものなしのフザケた男子高校生たちの、どこかしら
初々しい無邪気さというものを、同期のよしみからか――心の底から憎くらしいというわけでもなく、曖昧な
嫌悪でもってぼくをむつけさせるのだった。とはいえ、なにか自分がミスったわけでもなしに、窮地に陥った
わけでもなく、入学式後のはじめてのホームルームは昼前には無事に解散の運びとなった。それでぼくは
そそくさと家路につき、四畳半のせま苦しい部屋で制服のネクタイをゆるめながら、朝方セットしておいたラ
ジオ番組を聴くためにラジカセを巻き戻していたのだ。それはその日初めて聴く番組だった。ほとんどの高
校生が異性を(もしくは自我を)意識し、初登校の朝に鏡に映る自分の姿をながめやっているようなとき、ぼ
くは朝刊のうしろの方にあるラジオの番組表を食い入るようにみつめていた。その日は土曜日だったから、
平日よりいくらかましなプログラムが組まれているだろうと踏んでいたのだ。そうしてFM仙台の番組欄に
『グッドモーニング・カントリー』という文字が踊っているのをすぐにも発見したぼくは、出がけに急いでラジ
オのチューニングを合わせ、録音タイマーをセットしたのだった。いまその音源を巻き戻し、ぼくが教室でほ
んとうはなにかしくじりやしまいかと怖じ気づいていたときのことをコマ送りで振り返っていると、三〇分のカ
セットテープはスタートまで巻きあがったところだった。どうせ『グッドモーニング・カントリー』といったって、
その番組は『おはよう、宮城』とでも言い換えれるたぐいの、垢抜けしない新人アナウンサーを擁した週末の
イベントや地域ニュースを紹介するローカル番組なんだろうと高をくくっていた。いや、そうすることで期待を
覆されたときの屈辱をすこしでも和らげる工夫を自らに課していたのだった。再生ボタンをもう度つま先で推
すと、ぼくはクリーニング屋に大物をだすとそののまま付けてよこす黒いプラスチック製のハンガーにワイシ
ャツをかけた。そのはだけた胸元にライトブルーとネイビーの縞のネクタイを添えてみると、いささか高校生
というものになったことが誇らしいように思えるのだった。そうして二つか三つ目のCMが終わると、ぼくの耳
に聴こえてきたのは『グッモーニン、カントゥリー!』のタイトルコールと、まさしくカントリー・ミュージックに
なくてはならないスティール・ギターの甘く切ない郷愁のメロディなのだった。
(つづく?)

(文=石垣ゆうじ)
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by momiage_tea | 2011-06-14 23:06 | ゆうじ × TOMOt


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