妙味

逃げ込んだのとおなじ本屋にいた。そこは街中でいちばんの本屋というわけではなかった。帰り道
に立ち寄りやすい最寄りの本屋というだけの話でもなく、いまではちょっとした愛着すら沸いていた。
その書店との付き合いはまだ浅く、そこで見つけた書物が飛びきりの一冊になるということもあまり
なかったものだから、そそられる単行本を手にしても、買うには躊躇わずにはいられない。本の虫と
いうほどの読書家ではない私は、それでも本を手放せない人間である。私を窮地から救い出し、励
まし、背中を押してくれるのはいつだって言葉なのだ。だとしても、私は新しい一冊よりも、古い書物
を再読することの方が多い読み手である。再収集といい換えてもよいかもしれないそうした書物との
付き合い方にこそ、くたびれない言葉の逞しさと、いつまでも失われることのない新鮮な息吹を感じ
取り、ひとり悦に入り、また生きてゆこうと思える何か、自らも筆を執ろうとさせる意志のようなものを
学んできたのだった。私に対してそういうことができるのは物書きだけだ。それもほんの一握りの物
書き――詩人、作家、ジャーナリスト――だけである。それらの人物に共通していることは、市井の
人びとの暮らしを描き、自身もひとりの市井人の眼を失うことのなかった物書きたちである。その実、
彼らの眼差しは大衆の論調というべき世俗からもっともかけ離れた位置にあるのだった。烈しく孤高
で、気高い作家たち。むしろ、名声をさけるかのように慎ましい彼らの名は、どこの本屋の書架にも
並べられる類のものではなく、むしろ、その作家の名がそこにあるということが人生の隠れた喜びで
あるかのような響きを湛えている。――ちいさな秘密が生きる秘訣なのだ。六月の西日を浴びて、ビ
ルの谷間の屋上で読む、一遍のその妙味こそ。

(文=石垣ゆうじ)
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by momiage_tea | 2011-06-03 23:51 | ゆうじ × TOMOt


モノ書き石垣ゆうじとモノ描きTOMOt「もみあげ亭」二人による気まぐれ日記


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