ワンタンメン

ラーメン屋を探して歩いているとラーメン屋から出てきたばかりのアキラとばったり出くわした。
二日町だった。私は気のきいた店がみつからなければそのままメディアテークの図書館へ流
れていくつもりだった。彼は電話中だったし、私もめずらしく歩きながら携帯をいじくっていると
ころだった。私たちは電話とメールを終えると握手をかわした。彼がイギリス風のパブを経営
していた頃は、連日そこへ呑みに通っていたものだったが、いまではその店は錦町から国分
町に移転してしまっていて、その間、私はひとり身でなくなったせいもあり、あたらしい店には
いちども足を運ばないままになっていた。それで私は幾分のうしろめたさを彼に感じていた。
「よお、ずいぶんとしばらくじゃないの」とアキラはいった。彼の瞼は朝方まで呑んでいたせいか
ぷっくりと腫れあがっていた。「たまには呑みに来てよ、支倉(ハセクラ)もおまえに会いたがって
たしさ!」支倉も彼とおなじ高校の同級生だった。長いこと芽がでなかったこのお笑い芸人は、
全国放送のお笑いコンテストに出場すると見事に敗者復活から優勝を果たしたミラクルボーイ
だ。いまでは札幌、東京、大阪、福岡と日本中を飛び回る売れっ子になっていた。
「なんだ、スモーキーマウンテンに寄ってくれたらいいのに」私はいった。「でもお忍びなら構わな
いけど、深夜番組で来たら取材拒否されるだろうけどな。うちの店はそういうところがお高いから」
「おまえはどのみち電話に出ないだろう」
「まあな」と私はいって苦い笑いを浮かべた。「だけど年末に携帯電話を変えたからな。今度は
でるよ、たぶんね。八年と十一ヶ月ぶりに機種変更をしたからさ」私はご自慢のステンレスボデ
ィを彼にみせびらかしてやった。赤ワイン色だった。彼はそれをみても表情ひとつ変えなかった。
きっと自家製のサングリアをしこたま呑み過ぎたのだ。
「ところでかみさんは元気かい? 彼女はどこに店を出したんだい?」と私はきいた。錦町でパブ
をやっていた当時は、店の半分をかみさんの古着屋とシェアして営業をしていたからだ。古着の
ほかにも彼女が見立てた雑貨やなんかを販売していたものだ。
「知らねえよ。だって別れたんだぜ」
「はっ?」
「なんだ初耳なのかい? とっくに離婚したのよ」彼は一瞬ばつの悪そうな表情を浮かべたのだ
ったが、朗報でも聞いたかのようにニヤケる私をみると、人生のベテランぶって先をつづけた。
「店を移ったのもまあ、財産わけだわな。いまは四月に吉成にだすカフェのオープンをまかされ
ちまってさ。そっちの準備の方が忙しいのよ」
「かみさんがか?」
「いや、おれだよ。それにもうかみさんじゃねえしな!」
「ああそうか。しかし毎度まいど、たいしたもんだな」
「離婚がかい?」
「離婚も、移転も、カフェもだよ」
「キンジの方が頑張ってるぜ、あいつ、いまは自宅でブラックタイガーを育ててやがるし」
「エビの養殖かよ!」
「エビの養殖だよ。なんでも柄のキレイなので値段がきまるらしくてな、いいのが育つと一匹五
万円で売れるらしいぜ」
「ほんとかよ、まったくよくやるもんだ。サイドビジネス全盛だな。うちの店の若いのも車で全国
を飛び回って、スケートボードだかなんかの営業をしてるのがいるよ。今月は金沢、福井。先月
は京都、大阪、来月は九州にいくって話だ。しかも移動中はずっと車中泊だっていいうから、と
てもおれにゃあ真似のできない仕事だけどな。まあ、どっちが本業かわからないけど、うちの店
のバイトだけじゃ食っていけないのも確かだしな」
「で、おまえはどうなんだい?」とアキラはいった。
「泣かず飛ばずよ、店もこっちの方もな」そういって私は両手を浮かせてキーボードをかちゃか
ちゃやる仕草をみせた。
「さっさと落ち着いて所帯でももったらいいじゃねえか。結婚しなよ!」
「あの店で働いてるうちは無理だな。それに離婚したてのバツイチにそんなこといわれたって、
よっしゃって気になるわけがねえだろうに――」私たちはいがみ合ってるのではなく、旧友のよ
しみから互いに肘をつつきあうようにしてやりあった。どんよりとした雨雲が去りつつある眠気ま
なこの朝に、心地よく湿気った春の空気でも嗅いだような塩梅だった。そうして口約束みえみえ
の「また連絡するよ」なんてせりふを吐いてアキラと別れたのだった。街にはなんだか妙な清々
しさがあった。私はアキラの推薦した老舗の中華屋の暖簾をくぐっていた。この店に入るのは
これが初めてのことだった。ワンタンメンを頼んだ。テーブルには円柱の容器に入った三種類
の胡椒が据えてあり、それぞれちいさなスプーンで振りかけるようになっていた。この店は間違
いないなと思った。昼どきをすぎていたので、客は私のほかにOLがひとりだけだった。その女
はラーメンを食べ終えるとすぐさま外へと出ていった。「くそっ」と私は思う。「ここは前払い制じゃ
ないか――!」すると冬でもゴルフ焼けした五〇がらみの営業マンがやってきて、カウンター脇
のレジへまっすぐに進んでいった。「ラーメン!」とやたらデカイ声を張りあげると、その男は釣り
なしの銀貨をカウンターに押しつけた。店の真ん中のテーブルにどっかと腰をおろし、ピシャッと
新聞をひろげてふんぞり返った。私はこの男を先に見送ってから店を出ようとこころに決めた。
私のワンタンメンはそれからすぐに運ばれてきた。白胡椒、黒胡椒、そしてミックスされたものを
それぞれ少量づつ振りかけて、鼻をすすりながら平らげた。なんだかこの街の奥深さをまたひと
つ知らされた気になりながら。

(文=石垣ゆうじ)
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by momiage_tea | 2011-02-18 23:03 | ゆうじ × TOMOt


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