ご破算


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八連休の初日だった。男は職場へ向かった。溜まっていた仕事を片付けるため
だった。仕事は夕方までかかった。無償だった。しかしまだ休暇は一週間も残っ
ているではないか。こんなときは気がかり事を残しておいてはいけないし、新潟
から長野に向けて車を走らせているときに――スージー・ボガスの“Someday
Soon”を口ずさみ、人生や女やこれから待ち受けているお愉しみについて思い
を巡らし、すっかり旅の開放感に浸りきっているようなときに――職場から電話が
かかってくるなんてことは断じて許してはいけないのだと男は思った。

で、彼は自分のロッカーや休憩室の長机の上まで整頓を整えると、意気揚々と
職場を後にしようとした。早番の同僚が声をかけてきたのはちょうどそのときだった。
一時間待ってくれれば仕事は終わる。今夜は七夕祭りの初日だし、ちょいと屋台を
冷やかしにいきましょうや。まあまあ旦那、そんなに焦って帰ることもないじゃねえか
とマチョがいった。それもそうだなと男は思った。大きい方には手をつけず、何枚か
ある千円札の範囲に留めておけば旅に支障もあるまい。

男は結局それから二時間待った。だが街が浮かれているように彼も浮かれていた
のだ。シシカバブの屋台で串焼きを仕入れて、すこし歩いてからビールを買った。
公園も通りも人でごった返していた。誰かしらないが客を呼ぶ価値のあるらしい若者
のグループがその日の締めのステージを務めているらしかった。騒音さえも祭りには
心地よく響いた。間もなくすると遅番のトンパチもやってきた。野郎が三人、テント小屋
に設けられたテーブルにつまみを広げてビールをやっている。すべて割増料金だ。

まわりは家族連れか恋人同士ばかりで居心地が悪かった。なんてこったと男は思った
が、残りの二人はそういうところに相応しい格好をしたアルバイトの娘にちょっかいを出
しはじめたところだった。娘は男たちに調子を合わせていたが、それは仕事だからだっ
た。娘はテントの灯りを消す時刻になるとすぐに引き上げていった。男は暇つぶしをして
やったのはこっちの方だぞと思いながらそのうしろ姿を見送った。10分程して普段着姿
の娘が三人の脇を通り過ぎていったが、それに気づいたのは一人だけで、マチョもトン
パチも赤ら顔して焦点の定まらぬ視線をそこいらに泳がせているだけであった。

最後の一杯はじゃんけんで決することになった。負けたのは金払いの悪いトンパチだっ
た。この男も祭り情緒にやられていた。千円札を二枚出し、マチョを買い出しに行かせた。
戻って来たマチョはビールの他にフランクフルトの皿も持ち帰って来た。誰がぜんぶ使っ
ていいっていったんだとトンパチは喚いたが、それがサービスだとわかるとまた相好を崩
した。そこまでにしておくべきだったのだ。

男はビニルに包まれ束ねられてしまった七夕飾りにさえ色気を感じていた。祭りの初日
は今日だが、明日からこの街を離れる者にとってはこれが祭りの後なのだった。マチョ
とトンパチを引き連れ、歓楽街へ消えていった男が次に姿を現したのは冷たい霧雨に
咽ぶ明け方のことだった。ウォトカをしたたか煽ったつけがまわり、二時間トイレの個室
を占領してしまう羽目になった。隣の店から苦情が寄せられた。飲み屋のマスターは心
配を装っていたが、その声にすげない態度が混じっているのを男は聞き逃さなかった。

二度目の会計はトイレの個室の扉の隙間からしなければならなかった。トンパチが誘っ
たデパートの女の飲み物も、マスターや新入りのバーテンが罰ゲームで飲んだ分まで
もきっちり勘定にいれてやがる。トイレの掃除婦に手渡す心づけさえ加算してやがるぜ、
と男は思った。だがそこいらに飛び散った手前のゲロと嘔吐物にまみれたハンチング
帽やサンダルを見下ろすと文句はいえなかったし、天井がぐるぐる回ってそれどころで
はないのであった。

男は這いつくばるようにして自分の居所を探した。旅行代理店の軒先の柱にもたれ掛か
るようにしてひれ伏すと、東二番町通りを眺めた。祭りが、酒が、雨が、寒さが、自分が、
トンパチやマチョが恨めしかった。すべてを吐き出して楽になりたかったが、なんど戻し
てもムカつきは収まらなかった。男は冷たい地べたに寝そべり、運搬車や清掃車が行き
交いはじめるまでそこにいた。

(文=いしがきゆうじ)
(絵=TOMOt
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by momiage_tea | 2009-08-06 15:18 | ゆうじ × TOMOt


モノ書き石垣ゆうじとモノ描きTOMOt「もみあげ亭」二人による気まぐれ日記


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