背信


「このオレにバントしろっていうのかい?」彼はキャッチャーに聞こえるのも構わずに
吐き捨てた。相手チームの捕手は「度が過ぎてるな」といって思わず吹きだしたのだ
ったが、バッターボックスで煮えくり返る寸前のその男に同情もしていた。というのも、
この日巡って来た打席すべてで、男は犠牲バントの指示を送られていたからだ。

男は三つのバントを成功させて責任を果たしていた。だが塁に出ることはできなかった。
まさかの奇襲戦法が三回。いや、これで四回目というわけだった。男はそれまで打率の
三傑に入っており、最終戦のこのゲームで五打数五安打という奇跡を演じれば首位打
者の栄冠に輝くことも夢ではなかったのだ。

「痩せ馬、鞭を恐れずだぜ」男は足元を鳴らしながらいった。
「外角の高めでいいかい?」捕手はいった。
「ああ、ストレートで頼むぜ」彼らはともに日本シリーズを勝ち取ったかつての同僚だった。
しかし、きょうは四位と最下位の消化試合だった。
「今晩は一杯おごれよ」ピッチャーにサインを出しながら捕手はいった。
「任せとけって」打者はいった。審判はないもいわなかった。ピッチャーも首を振らな
かった。レフトスタンドでは地元の応援団が投げやりな応援歌を歌っていた。バッター
ボックスの男は一塁ランナーと視線を交わすと、迷わずバントの構えをした。ピッチャー
はその黙視に加わった。そしてひと呼吸おくと外角めがけてボールを放った。

バッターボックスの男はすかさずバッドを握り直して打撃に転じた。しかしバッドは空を
きって「ブン」と唸り声をあげた。捕手の要求通り外角へ逃げて行くスライダーだった。
審判の威勢のいいコールが球場の隅にまで届き、レフトスタンドはため息に包まれた。
「なにしてやがる!」監督とバッターボックスの男は同時におなじ言葉を発した。

わたしはそのとき三塁側ベンチのすぐ上の座席にいた。胸の裡で「まったくもってなにを
してやがるんだ」とつぶやいていた。しかしその言葉にはまるで感情がこもっていなかった。
わたしはさっと帰り支度を整えると席を立った。球場にはネクストバッターのテーマ曲が鳴
り響き、つづいて選手の名前を告げる鶯嬢のアナウンスが寒々とした夜空に木霊した。
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by momiage_tea | 2009-07-23 22:42 | ゆうじ × TOMOt


モノ書き石垣ゆうじとモノ描きTOMOt「もみあげ亭」二人による気まぐれ日記


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