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ひぐらし庵日記(8月26日)

駄目だとわかっていることに首をつっこむことほど難儀なことはない。いっそ眠ってから翌日
またやり直した方が仕事もはかどるというものだ。だが、寝室で妻が泣きながら毛布にくるま
っているから、わたしは仕事をしているふりをして夜中に水羊羹をつまみ食いするほかない。
蚊取り線香の煙りにまかれてボリュームをしぼって深夜放送に耳傾ける。ラジオからはシナ
トラみたいに歌う若いジャズシンガーの曲が流れている。背後の窓からひんやりそそぎ込む
風が心地よく首筋でゆれている。わたしはまた立ちあがって台所までひたひたと猫歩きする
と、もうひと切れの水羊羹を口に頬ばるのだった。そうして寝室をのぞけば、泣きやんだらし
い奥さんがミイラのようにすっぽり毛布にくるまっている。いよいよ寝入るところなのだ。くやし
いではないか。実家に置いてきた老猫の具合がおもわしくないからか、それともやっぱりあの
ことが原因だったのか・・・・・・。考えすぎるとろくなことはない。今夜はソファで眠るとしよう。

# by momiage_tea | 2012-08-26 23:47

ひぐらし庵日記(8月24日)

岸にあがった土佐衛門が棒きれで突かれるようなもので、わたしはカラダを這うアリにも
かまわず床に寝転んでいた。おもては殺人的な暑さである。エアコンは嫌いだから扇風機
を回してみるが、風にあたりすぎるのもカラダに毒だ。少しでも過ごしやすい板の間にでん
と転げて暑さを凌ぐしかない。みるみる汗が吹き出してきて、鼓動がはやまる。立ち上がる
気力もないから蒸した部屋のうすい空気を精いっぱい吸ったり吐いたりして、むりくり気を
落ちつけてやる。ミーン、ミンミンとセミが忙しなく、しかも悠長に啼くのが恨めしい。もはや
夕刻までこうして横たわっているほかないだろう。威勢がいいの、やかましいの、健気なの。
世間とおなじで、セミの世界も色んな種類がいないと成りたたないのだろうか。わたしは朝
と夕に啼くひぐらしがいい。カナカナと啼くかわりに、書け書けとでも啼こうか。

# by momiage_tea | 2012-08-24 21:34

映画『木洩れ日の家で』のこと。 (★★★★☆)

91歳の老婦ア二ェラは骨董品のような木造の屋敷に忠犬フィラと暮らしていた。皮肉に満ちた物言い
はウィットに暮らすための人生の秘訣であり、アニェラはきついけれど愛情にあふれた語りをみずから
と、そしてフィラにぶつけてゆく。目を白黒させたり、じっと表情をうかがったり、あるいはまるで意に介
さず刃向かったりしながらも、愛犬フィラがいつでも飼主と真剣な付き合いを守っている姿が健気で温
かい。老婦はときどき双眼鏡でご近所を盗み見るという悪癖はあるものの、木洩れ日の家でフィラとと
もに穏やかな暮らしをつづけてきたのに過ぎなかった。

そんな彼女の余生に波風を立てたのは屋敷を買いたいという隣人からの願い出だった。そんな気は
毛頭ないアニェラは年に二回しか会いに来ないひとり息子を味方につけ、その申し出を退けてやるつ
もりでいた。ところが息子は、こともあろうに自分に有利な契約を締結せんと隣人と密会して裏工作を
謀っているのだった。裏切られたアニェラは愛する息子が自分を侮辱するセリフまで聞いてしまう。家
のあちこちや庭先で、幼い頃の息子の笑顔や若かりしロマンスの記憶が浮かびあがると、威厳と誇り
を失わず生きてきたひとりの老婦は、人生の終焉に訪れた試練にことさら戸惑いをみせるのだった。

全編モノクロで撮影された作品は、アニェラの人生を物語るように陰影に富み、老いてなお輝き溢れ
るうつくしさを湛えていた。明治神宮にそびえる楠(クスノキ)を称した言葉に「樹勢瑞々」というのがあ
るが、撮影当時、実際に91歳だったアニェラ役の女優ダヌタ・シャフラルスカは、まさに「樹勢瑞々」
を体現する見事な演技でわたしたちに爽やかな感動を与えてくれる。ワルシャワ郊外の緑豊かな土
地を舞台に、信ずるべきものと受け継ぐべき価値のあるほんとうのことを教えてくれた稀にみる秀作。
ポーランド風の枯山水とでもいうべき木造家屋の建築美とガラス窓の透明感も一見の価値ありだ。

(次回予告――『カントリー・ストロング』)

『木洩れ日の家で』公式サイト ⇒
http://www.pioniwa.com/nowshowing/komorebi.html

線と行 スマートライン 
http://linemen.exblog.jp/

(文=石垣ゆうじ)
# by momiage_tea | 2011-08-20 23:20 | ゆうじ × TOMOt

映画『ツリー・オブ・ライフ』のこと。 (★☆☆☆☆)

人生は瞬く間にすぎる。ひとりの人間の成長はもちろん、いっぽんの木が育つのよりも早い。太古から
営まれてきた地球の歴史のなかでは人類の歴史は一瞬にすぎない。そうして、人びとの暮らしはあま
りにも早急で、その実進歩がない。天地創造の映像美と50年代テキサスのある家族のドラマとを比較
して、監督テレンス・マリックは執拗にそのひずみを描いてゆく。しかし、その映像は脈々と受け継がれ
てきた生命の営み(=神の仕業?)を信望する敬虔な人間たちを嘲笑うかのようだった。はっきりいって
映画を観るわたしたちは、わざわざミジンコの時代にまで遡らなくとも人類の不幸をしっている。

「リアルで自然なパフォーマンス」を心がけたという監督の手腕は子役たちによって証明されている。し
かし、母親が子どもと戯れるシーンなどは嘘臭い。母親は我が子と両手をつないでくるくると回転して
遊んでいるのだが、映像としては美しく、事実そうした光景が母子の愛情の典型的な表現手段だった
としてもあまりに陳腐な演出だった。昨年日本で公開された映画『脳内ニューヨーク』では、ある脚本家
が自分の頭の中に浮かんだニューヨークの街を舞台化して、それを際限なく肥大させてゆくのである
が、この『ツリー・オブ・ライフ』はテレンス・マリックの『脳内ヘブン』と言い換えることができるだろう。

ブラッド・ピットはブラッド・ピッドである必要がなく、ショーン・ペンはショーン・ペンである必要がなかっ
た。同様に、父と子の葛藤、夫婦間の溝、失われた家族と喪失感といった普遍のテーマが、壮大すぎ
るマリックの『脳内ヘブン』と対峙させるほどの物語性がなかったことも不満の要因だ。母は子どもを
連れて家を飛び出すこともできた。息子は親父に復讐すこともできた。現実の世界(50年代の保守的
なテキサス)ではそれが無理だとしても、映画の世界でならもうひと波乱あってもよかったはずだ。だ
が、それがマリックの「リアルで自然なパフォーマンス」なのだろう。神にうつつを抜かすにも程がある。

(次回予告――『木漏れ日の家で』、『カントリー・ストロング・・・・・・』)

『ツリー・オブ・ライフ』公式サイト ⇒
http://www.movies.co.jp/tree-life/

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http://linemen.exblog.jp/

(文=石垣ゆうじ)
# by momiage_tea | 2011-08-19 00:00 | ゆうじ × TOMOt

映画『モールス』のこと。 (★★★★☆)

いじめられっ子少年オーエン(コディ・スミット=マクフィー)の愉しみは二階の部屋から近所を盗み
見ることだ。内向的な彼の性格はしかし、独りきりのこの部屋で大胆に解放される。あるとき、いつも
のように外を眺めていると、父親と思しき男をしたがえた少女が、アパートの隣室へ越してくるのが見
えた。ニューメキシコの雪の夜、その少女アビ-(クロエ・グレース・モレッツ)の足許は裸足だった。
小さな町での出逢い。それぞれに苦悩を抱えた少年と少女はそっと魅かれあい、親密さをましてゆく
のであったが、町では猟奇の連続殺人が頻発しはじめていた。

アパートの敷地内にある遊技場が少年と少女の出逢いの場所だ。オーエンは女の子にいう。「きみ、
変わった匂いがするね」と。そして「裸足で寒くないの?」と。アビ-は居たたまれない表情で「寒さは
感じないの」と応えるだけだった。けれども、翌日現れた少女はロングブーツを履いていた。シャワー
でも浴びてきたのか「きょうも変な匂いがする?」と訊ねるのだった。聞かれてオーエンは「いいや」と
首を横に振った。影響を受けたのはオーエンもおなじだ。学校でいじめられたことを白状すると、アビ
-は「やり返さなきゃ」と少年を鼓舞し「わたしが守ってあげるから」といった。

ホラー小説の巨匠スティーヴン・キングが「この20年で#1のスリラー」と絶賛したのは、恐怖とい
うよりも、この映画が人間の感情をしっかり描いていたからだ。ある青年を襲おうと車のバックシート
に忍びこんだ男は、予定外に青年の友人が助手席に乗り込んできたために逆に恐怖を味わう羽目
になる。そのときマスクからのぞく殺人者の戸惑った目の動きが、キングを喜ばせたはずだ。とはい
え、ベテラン俳優が脇をかためながらも、オーエンとアビ-を演じた二人の若い俳優の活躍なくして
この映画の成功はなかった。特にクロエ・グレース・モレッツは唇ひとつで演技ができる名女優だ。

(次回予告――『ツリー・オブ・ライフ』、『木漏れ日の家で』・・・・・・)

『モールス』公式サイト ⇒
http://morse-movie.com/

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http://linemen.exblog.jp/

(文=石垣ゆうじ)
# by momiage_tea | 2011-08-18 21:09 | ゆうじ × TOMOt


モノ書き石垣ゆうじとモノ描きTOMOt「もみあげ亭」二人による気まぐれ日記


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